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第8回 聴覚障害のある子どもとAI活用~「言葉にアクセスすること」と「言葉を育むこと」~
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知的障害や発達障害のある子どもの指導・支援を専門としてきた私ですが、ご縁があり、特別支援学校(聴覚障害)の教育活動に携わらせていただいたことがあります。■ 連載:聴覚障害のある子どもとAI活用~「言葉にアクセスすること」と「言葉を育むこと」~
■□ コラム:保護者、支援者からのメッセージ・2
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■ 連載:特別支援教育から考えるAIとの付き合い方第8回 聴覚障害のある子どもとAI活用~「言葉にアクセスすること」と「言葉を育むこと」~
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当初は、「聴覚障害とは、音や声が聞こえにくい、あるいは聞こえない障害」という理解をしていました。もちろん、それは聴覚障害の大切な特徴の一つです。しかし、実際に先生方の授業を参観し、子どもたちと関わる中で、その理解だけでは聴覚障害教育の本質を十分に捉えられていないことに気付きました。
先生方が大切にされていたのは、「聞こえ」を補うことだけではありませんでした。子どもたちが言葉を理解し、その言葉を使って人と関わり、自分の思いを伝えながら、少しずつ世界を理解していくこと。その過程を丁寧に支えることこそが、聴覚障害教育の本質だったのです。
幼い子どもは、生まれながらに言葉の意味を知っているわけではありません。周囲の大人とのやり取りや遊び、さまざまな経験を積み重ねながら、言葉と現実の世界を結び付け、少しずつ物事を理解していきます。このように、言葉を覚えることと、その言葉が表す意味や概念を形成することは切り離せない関係にあります。
例えば、「りんご」という言葉を知っているだけでは、本当の意味で「りんご」を理解したことにはなりません。実際にりんごを見て、触れ、香りを嗅ぎ、食べる。そのような経験を通して初めて、「りんご」という言葉は具体的な意味をもちます。言葉は辞書の中で育つものではなく、人との関わりや豊かな経験の中で育まれるものです。
こうした考え方は、特別支援学校幼稚部教育要領解説にも示されています。そこでは、聴覚障害のある幼児は聴覚情報を十分に得ることが難しいため、言葉の背景となる概念を形成するには豊かな経験が重要であり、人との関わりの中で言葉を育むことが重視されています(文部科学省,2024)。また、小学部以降においても、体験的な活動や音声・文字・手話・指文字などを適切に活用したコミュニケーションを通して、言葉を介して考え、学ぶ力を育てることが重視されています(文部科学省,2017)。
このように、聴覚障害教育が大切にしているのは、聞こえを補うことだけではありません。言葉を通して人と関わり、考え、世界を理解していく力を育てることです。
近年、この「言葉」を取り巻く環境は大きく変わろうとしています。生成AIや音声認識技術の急速な発展により、リアルタイム字幕や音声の文字起こし、AIによる要約や言い換えなど、聴覚障害のある人を支援する技術は飛躍的に進歩しています。授業中の説明をその場で字幕として表示したり、聞き逃した内容を後から確認したりするだけでなく、分からない言葉をその場で調べたり、一人一人の理解に応じて説明を言い換えたりすることもできるようになりました。
例えば、小学生が「国民主権」という言葉の理解につまずいたとき、AIは「国の政治は、一部の特別な人ではなく、国民みんなの考えをもとに行われるという考え方だよ」と、子どもの発達段階に応じた言葉で説明することができます。さらに、「学級委員をみんなで選んだことはあるかな?」「学校でみんなの意見を話し合って決めたことはあるかな?」と問いかけながら、子どもの経験と具体例を結び付けて理解を深めることもできます。これまで教師が一対一で行ってきた支援の一部を、子どもが必要なタイミングで受けられるようになったことは、AIがもたらした大きな変化の一つと言えるでしょう。
こうした変化は、教育に新たな可能性をもたらしています。AIは、情報へのアクセスを支援したり、一人一人の理解に応じて説明を言い換えたりするなど、これまで時間や人的な制約から十分に実現できなかった支援を補うことができます。こうした技術は、子どもたちの学びを支える新たな選択肢となり得ます。
一方で、ここで改めて考えてみたいことがあります。
「言葉にアクセスできること」と、「言葉が育つこと」は、本当に同じなのでしょうか。
生成AIは、音声を正確に文字へ変換したり、難しい言葉を分かりやすく言い換えたりすることを得意としています。しかし、情報にアクセスできることと、その言葉の意味を理解し、自分自身の言葉として身に付けることは、必ずしも同じではありません。
私たちは日常の会話の中で、言葉だけを理解しているわけではありません。相手の表情や視線、声の抑揚、話す速さ、間の取り方、その場の雰囲気など、多くの情報を手掛かりにしながら、「本当は何を伝えたいのだろう」「今の言葉にはどのような気持ちが込められているのだろう」と意味を理解しています。
例えば、「今日は本当に忙しかったね。」という一言でも、笑顔で弾んだ声で話すのか、ため息交じりに話すのかによって、その意味は大きく変わります。AIは、この言葉を正確に字幕へ変換することはできます。しかし、その言葉に込められた感情や強調、人と人との関係性まで十分に伝えることは容易ではありません。
この課題は、教育現場だけでなく、AI研究の分野でも重要なテーマとなっています。
de Lacerda Patacaら(2023)は、ろう・難聴者を対象として、オンライン会議で利用される自動字幕について調査を行いました。その結果、参加者は字幕によって会話の内容は理解できるものの、話し手の感情や強調、冗談か本気かといったニュアンスは十分に伝わらず、発言の意味を読み取りにくいと感じていることが明らかになりました。さらに、そのことは単なる「分かりにくさ」にとどまらず、「会話の輪の中に入り切れない」「周囲とのつながりを感じにくい」といった心理的な負担にもつながっていました。
そこで研究チームは、「より正確な文字起こし」ではなく、「話し方」そのものを字幕で表現することを目指し、声の大きさを文字の太さ、声の高さを文字の上下位置、話す速さを文字間隔で表現するとともに、AIが推定した感情を文字の色や大きさで表現する字幕システムを開発しました。つまり、音声を文字へ変換するだけでなく、「抑揚」や「感情」といった非言語的な情報まで伝えようとしたのです。
評価実験では、この字幕は従来の字幕よりも話し手の感情や強調を理解しやすくしながら、読みやすさは大きく損なわれないことが示されました。この研究からは、AI研究が「文字を表示する技術」から、「人と人とのコミュニケーションをより豊かにする技術」へと発展しようとしていることが分かります。
この方向性は、聴覚障害教育がこれまで大切にしてきた考え方とも重なります。聴覚障害教育では、教師や友達、家族との関わりの中で、経験と言葉を結び付けながら概念を育み、互いに意味を共有していくことが大切にされてきました。一方、AI研究もまた、「文字になれば十分」という段階から、「どのようにすれば話し手の意図や感情まで伝えられるのか」という段階へと進み始めています。
では、このようにAIが進歩していく時代において、教師や支援者にはどのような役割が求められるのでしょうか。
私は、AIを「教師の代わり」ではなく、「教師の実践を支えるツール」として活用することが重要だと考えています。
例えば、子どもが理解しにくい言葉を発達段階に応じて言い換えたり、具体例を示したり、納得できるまで繰り返し説明したりすることは、AIの得意とするところです。また、授業中や日常生活の中で分からなかった言葉をその場で調べたり、自分のペースで学び直したりすることもできます。こうした支援は、子どもが言葉や学びにアクセスするための入り口を広げてくれます。
一方で、その言葉を実際の経験と結び付けたり、「どう思った?」「あなたならどうする?」と問いかけたり、教師や友達との対話を通して意味を深めたりすることは、人だからこそ担える役割です。AIとの対話で終わるのではなく、AIをきっかけに人と人との対話を生み出すことが大切なのではないでしょうか。
これからの聴覚障害教育に求められるのは、「AIか、人か」を選ぶことではありません。聴覚障害教育が長年培ってきた「言葉は人との関わりや豊かな経験の中で育つ」という教育観を土台とし、その価値をより豊かに実現するためにAIを生かしていくことではないでしょうか。
生成AIは急速に進歩しています。しかし、その進歩は、聴覚障害教育がこれまで大切にしてきた価値と対立するものではありません。人とAI、それぞれの強みを生かしながら、子どもたちの学びや成長を支えていくことが、これからの聴覚障害教育に求められているのではないでしょうか。
【参考文献】
de Lacerda Pataca, C., Watkins, M., Peiris, R. L., Lee, S., & Huenerfauth, M. (2023). Visualization of Speech Prosody and Emotion in Captions: Accessibility for Deaf and Hard-of-Hearing Users. Proceedings of the 2023 CHI Conference on Human Factors in Computing Systems (CHI '23), 1-15.
文部科学省(2017)特別支援学校小学部・中学部学習指導要領(平成29年4月告示)
文部科学省(2024)特別支援学校教育要領・学習指導要領解説 総則編(幼稚部・小学部・中学部)(平成30年3月,令和6年12月一部改訂)
◇山崎 智仁
山口県立大学 社会福祉学部 社会福祉学科 講師。臨床発達心理士。特別支援教育を専門とし、知的障害のある子どもを中心に、ICTや生成AIを活用した教育支援の実践・研究に取り組んでいる。
特別支援学校教員としての勤務経験を経て現職。
近年は、AI時代における教師の専門性や倫理的配慮を踏まえた支援の在り方について検討を重ねている。
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■ コラム:メルマガ・バックナンバーのおすすめ第6回 保護者、支援者からのメッセージ・2
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当メルマガ15周年記念企画の第6回は、保護者、支援者からのメッセージです。
3.Kaien創業記
鈴木慶太さん(株式会社Kaien代表取締役)による連載「Kaien創業記」2024年8月からをご紹介させていただきます。
元NHKアナウンサーの著者が、国内最大級の発達障害者就労支援企業「Kaien」を立ち上げるまでの軌跡を綴った全6回のノンフィクション連載です。
物語は、MBA留学を2日後に控えた著者が、長男の発達障害という突然の現実に直面する緊迫の48時間から始まります。葛藤の末に渡米し、留学先の米国で「発達障害×ビジネス」の可能性を模索する中で、デンマークの先駆的なIT企業「スペシャリスタナ」と出会い、起業への決意を固めていくプロセスが鮮明に描かれます。
障害福祉や起業に無縁だった一人の父親が、我が子の未来を切り拓くために未知の領域へ飛び込み、偶然の連続を必然へと変えながら会社を形作っていく姿は圧巻です。福祉や起業の枠を超え、ニューロダイバーシティ(脳の多様性)社会の実現に向けた情熱と希望に満ちた、すべての読者の胸を打つ熱い創業ストーリーです。
※Kaien創業記 第1回
なお、Kaienはニューロダイバーシティサミットというイベントを9月に開催予定です。レデックスも趣旨に賛同し後援させていただいております。
※ニューロダイバーシティサミット
4.専門用語を使わない!! 16歳~19歳未成年の障がいのある子の親なきあとの『お金』の話
鹿内幸四朗さん(日本相続知財センター本部専務理事)による連載をご紹介します。第1回は2020年7月から全6回となっています。
ダウン症の娘を持つ父親であり、相続対策の専門家である著者が、障害のある我が子の将来をデザインするための「お金の生前対策」を分かりやすく解説いただきました。
2022年の成人年齢引き下げを踏まえ、16歳~19歳の「未成年のうちだからこそできる準備」に焦点を当てています。きょうだいに負担をかけずに「お金をいくら、どう残すか」という疑問に対し、親の老後資金や認知症リスクの現実的な計算方法を提示。さらに、著者が共同開発した未成年障害者のための生前対策「親心後見」や「親心遺言」など、親亡き後に我が子を法的に守る知恵を網羅しています。
専門用語を一切使わず、当事者としての経験と専門的知見を融合させた、家族が安心して未来へ踏み出すための実践的なバイブルです。
■□ あとがき ■□--------------------------
次号メルマガは、8月7日(金)を予定しています。
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