映画「月」当事者から見たAPD/LiD児の現状と「ピア」の役割

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2023.12.15

映画「月」当事者から見たAPD/LiD児の現状と「ピア」の役割

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■   連載:当事者から見たAPD/LiD児の現状と「ピア」の役割
■□  コラム:本や映画の当事者たち:映画「月」
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■ 新連載:APD/LiD(聴覚情報処理障害/聞き取り困難症):当事者からの視点と、現在までの関わり
             第2回 当事者から見たAPD/LiD児の現状と「ピア」の役割(最終回)
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1.当事者から見たAPD/LiD児の現状
APD/LiDに対する支援としては、主に
・音声入力情報の調整
・環境調整
・デジタルワイヤレス補聴援助システムや補聴器、ノイズキャンセリング機能付きイヤホン等の機器の使用
・トレーニング
が対策として勧められています。

実際、多くの成人の当事者の方はこれらの選択肢の中で自身の特性や社会的状況等に合わせて、組み合わせたり切り替えたりしながらなんとか社会生活を送っています。

ですが、こどもの場合は自力で事態を打開するどころか、自身の聞こえが「周囲の多数の人とは違う」ということに気づくことがそもそも困難です。

多くの場合、こどもにとっては教室や体育館で他の人の会話が虫食いのように欠けて聞こえたりしています。あるいはまったく聞き取れないまま前後の文脈と何文字か聞き取れた音を手掛かりに「推測」で会話を行う事が日常の行為です。本人はそのような聞こえ方の中で会話を成立させて談笑したり授業を理解していたりしていますが、周囲はそれに違和感を感じずに、それがその子の普通なのだろうと考えています。

私がこれまでお話を聞いたこどもさんの場合、多くは中学生になる頃になって初めて「何か周りと聞こえ方が違う」と気付いて親にそれを訴えます。
その頃には学校で、あるいは家庭内での人間関係にも大きな問題が生じ、様々な二次的な問題を抱えているケースがとても多くみられます。

そこから医療機関に繋がり、APD/LiDに通じている耳鼻科医のもとで受診。諸検査を終えて診断が出るまで医療機関にもよりますが、最低でも半年から一年はかかるのが現状です。
その間はいわば本人もご家族も「宙ぶらりん」の状況で、不安を抱えながら過ごすことになります。ただ待つには長すぎるこの期間も、心理的に決して良い影響を与えていません。

2.公的支援の現状
現時点では補聴援助システムにしろ、或いは補聴器等にせよ、公的助成を得るためのハードルが大変高い状況です。

近畿地方で数例、受給に至った事例に関わりましたがいずれも「軽度・中等度難聴児補聴器購入費等支給事業」の適応対象となるように行政と交渉し、場合によっては要綱の文面の修正を経てやっと受給にこぎつけた事もありました。

ようやく学校での運用が始まっても、適切な使用がされない結果、衝撃音や無関係な会話を頻繁に送信機が拾ってしまったり、或いはこどもの側が教員に毎日「お願いします」と手渡す事のストレス等で使用を中止したりする例もあります。

そのような残念な例もあるのが事実ですが、同時に適切な支援が受けられるようになることで見違えるように生き生きと日々を送れるようになった方がおられるのも事実です。

この節の最後に事例を一つ、ご紹介させて頂きます。

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仮にAさんとさせて頂きます(ある程度は他の事例の話なども混ぜてお話しします)。

Aさんは小学校5年生の頃、ある朝「学校で回りが何を話しているのか分からなくてしんどい、もう学校に行きたくない」と親に訴え、聞こえの問題があることが発覚しました。
慌てて耳鼻科に受診、聴力検査では異常がなくAPD/LiDの疑いありとして大学病院に紹介、初診から1年後にAPD/LiDとして診断が下りました。

初診を待つまでの期間でも親御さんが当事者会の運営するチャットや交流会に参加、情報を集めて学校側とも共有し、早い段階から「座席を最前列に固定する」「黒板の撮影等の許可」「ノイズキャンセリング機器の使用」「机や椅子の脚にカバーを装着」「放課後に個別の指導」「しんどい時は通級教室で休めるようにする」等の様々な環境調整や合理的配慮を行い、本人も徐々に学校に前向きに通えるようになりました。

診断後は補聴援助システムの使用を開始し、今は家庭でも聞こえを改善するために補聴器も使用しています。
初めて補聴援助システムを使用した時の帰宅時の感想が「今日は学校で話が聞こえたよ!」と本当に嬉しそうに、今までなかったほど学校で起きた出来事や会話、授業内容を話していたそうです。
以前は帰宅後に毎日のようにソファに1.2時間も倒れ込むほど疲労感を抱えていましたが、
今はそのような事もなくなり、友達と遊びに行ったり、最近できた「将来の夢」に向かって今からできることをしたりしているそうです。

3.当事者会としての役割、「ピア」のできる事
当事者会としても、成人、こどもを問わず各種情報提供や当事者同士の交流の場の運営、行政との交渉時のサポートや資料提供、メーカーから機器の運用時のノウハウや資料の提供を受けてそれを共有するなどの形で様々な方をお手伝いしてきました。
地域に適切な医療機関がない場合は大学病院等に問合せなどを行い、地域のニーズを伝えて受診先の拡大にも努めています。

とりわけ、私達が交流会等を通して提供する「ピアサポート」の場においては、当事者同士が互いの「弱さ」を共有することが互いを「強く」する姿を何度も目にしてきました。

「こんな聞こえ方をしているのは自分だけだと思っていた」「ずっと聞く気がない私が悪いと思っていた」「家族と一緒にTVを見ていても内容が聞き取れず、同じタイミングで感情を共有できない事が辛い」
そのような話で誰かが口火を切ると
「そうそう!」
「よかった、私だけじゃなかったんだ」
「周りの人に言っても、誰にも伝わらなかった」
そんな声が一気に噴き出し、いつもあっという間に時間が過ぎていきます。
最初は警戒して表情が硬い人がほとんどですが、終わる頃には不思議と皆さん笑顔でお帰りになられます。

その場で何らかの問題が解決に向けた糸口を見つけられることもありますが、より重要なのは「自分が独りではない」としっかり確認できる事だと思っています。

4.APD/LiD当事者として、皆様に知っていただきたい事
APD/LiDについて、まだ十分にご存じでない方が多いかと思います。
前回申し上げたように、国内では今年度末にAMED研究の成果として、「診断と支援の手引き」が出来る予定で、やっとスタートラインに立つ所まで来ました。
その手引きには、診断基準案の内容以外にも具体的な支援、残る課題、トレーニング等様々な情報が盛り込まれる予定です。

このメルマガをご覧いただいている皆様のところにも、今後様々な形でAPD/LiDの方がお世話になる場面が増えてくることと思います。
また、日々接するなかで「あれ?もしかして・・・」と感じるような方と出会う事もあるかもしれません。
そのような時には是非この手引きを活用して、より早い段階で適切な支援につなげられるようにしていただければ幸いです。
そして、もし可能であれば一人の人間として「あなたは決して独りじゃない」とも伝えていただければと思います。

◆渡邉 歓忠
APD/LiD当事者 近畿APD/LiD当事者会代表(2019~)
日本聴覚医学会準会員 日本教育オーディオロジー研究会会員
AMED「当事者ニーズに基づいた聴覚情報処置障害診断と支援の手引きの開発」-研究協力者として参加。APD/LiD当事者として、オンラインや対面の交流会を定期的に開催し、APD/LiD当事者の居場所作りと情報の発信を行っている。
最近は学会や研修会等でも演者や講師としても発表や講演を行っている。

・関わった主な書籍
「隣の聞き取れないひと APD/LiDをめぐる聴き取りの記録」(五十嵐大 2022 翔泳社)

・参考文献、資料等
Webサイト「聞き取り困難症・聴覚情報処理障害(LiD/APD)研究班ホームページ」

「LiD/APD(聞き取り困難/聴覚情報処理障害)の当事者と保護者の年齢別の困りごととニーズ」
(關戸智恵 阪本浩一 他 - Audiology Japan Vol.66,No.5 2023)
「総説 APD/LiDの診断と支援」(片岡 祐子 AUDIOLOGY JAPAN Vol66,No.4 2023)
「当事者主動サービスで学ぶ ピアサポート」(飯野雄治 クリエイツかもがわ
2019 クリエイツかもがわ)


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■ コラム:本や映画の当事者たち(8)
                映画:月
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今回8回目となる不定期での連載です。

タイトルからもわかるように、いわゆる障害や病気などの当事者といわれる人たちが描かれている本や映画、DVDなどを紹介します。

今回は映画『月』です。

相模原障害者施設殺傷事件、この衝撃的な事件がテーマの映画というと、制作にかなりの勇気が必要だったのではないでしょうか。

意思疎通ができない障害者は不幸を作る――元職員の植松聖死刑囚(33)は、こうした考えを持っていたとされています。この映画は、2016年に相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で利用者19人が殺害された事件をモチーフに、辺見庸さんの同名小説から着想を得て書き上げた映画です。

この施設では重度の知的障害者への心ない扱いや暴力が繰り返されている状態が描かれ、さとくんと呼ばれる若者は、そうした理不尽に最初は正義感や使命感を持っていたが、その考えが捻じ曲げられ、事件へと向かう姿がていねいに描かれています。

主人公は、一度はベストセラーを出したものの、その後書けなくなった作家洋子(宮沢りえ)。同僚の小説家志望の陽子(二階堂ふみ)とは最初は仲よくやっていたのですが、対立していきます。陽子の家庭もさまざまな問題を抱え、ストレスがかかっていたのです。

主人公洋子を演じる宮沢りえさんは「内容的には賛否両論ある作品になると思いますが、そこから逃げたくないという気持ちが強く湧いてきた」と、この作品に参加することを決めたそうです。

沖縄育ちの二階堂ふみさんは、小さいころから周囲に障害者のいる環境に育ったと言います。「我々も消化できていないこの事件を作品にするのはやっていいことだろうか」と吐露しました。一方で「みんなの関心が薄れ、考えるのをやめていってしまうことが一番怖い。社会に生きる当事者として考えたい」とこの作品への参加を決断したのだそうです。

さとくんを演じた磯村勇斗さん、「これは決して他人事ではなく、綺麗事を捨て、僕たちは向き合わねばならない。今はただ、この映画を観てもらいたい。対面して欲しい。そう思っています」とメッセージを発信しています。

この映画には、板谷由夏、モロ師岡、原日出子、高畑淳子など芸達者が支出演し、映画を支えています。そんな人たちがこの映画に参加していることがなんだかうれしく思います。

施設での物語と並行して進むのが、洋子を「師匠」と呼ぶ夫の昌平(オダギリジョー)との慎ましい暮らし。アルバイトをしながらアニメ作家として作品をつくっている昌平。この夫婦には、息子がいたのですが、生まれ持った病気により幼いころに夭逝していたのです。

大人になった障害者にかかわる仕事に、言葉を口にすることなくして亡くなった息子のことを考えてしまう洋子。夫婦ともに、息子の死のトラウマから解放されていないのです。そんな中、洋子に新しい命が授かります。

一方施設では、他の職員による入所者への心ない扱いや暴力を目にし、上司に訴えるが聞き入れてはもらえません。ジレンマを抱え悩み苦しむ洋子は、私たち一般の観客に近く、もし自分の子が病気や障害があったらどうするだろうと考えさせられます。

施設での行為や設定はもちろんフィクションであり、真実ではないのですが、やはりその状況には圧倒されます。目をそむけたくなる場面もあります。万人に進められる映画ではないかもしれませんが、たくさんの人に観てもらいたい映画だと思います。

だれもが自分と違う考えや自分とは違う他人の姿を受け入れられないのは当たり前かもしれません。しかし、だからと言って排除していいはずがありません。

誰もが排除されない世界にするためには、まず現実を知ることが大切だと思います。そのためには、自分とは関係ないと思えるかもしれない世界を見ること、体験することが必要ではないでしょうか。

賛否両論あるこの映画、まずはこの映画がつくられ、全国で公開されていることがその一歩となることを祈ります。

◆はら さちこ 
ライター。
編集制作会社にて、書籍や雑誌の制作に携わり、以降フリーランスの編集・ライターとして活動。障害全般、教育福祉分野にかかわる執筆や編集を行う。障害にかかわる本の書評や映画評なども書いている。
主な編著書に、『ADHD、アスペルガー症候群、LDかな?と思ったら…』、『ADHD・アスペ系ママ へんちゃんのポジティブライフ』、『専門キャリアカウンセラーが教える これからの発達障害者「雇用」』、『自閉症スペクトラムの子を育てる家族を理解する 母親・父親・きょうだいの声からわかること』『発達障害のおはなしシリーズ』、『10代からのSDGs-いま、わたしたちにできること』などがある。


■□ あとがき ■□--------------------------
本年もご愛読ありがとうございました。
来春最初のメルマガは、1月5日(金)に配信予定です。

読者の皆さまには、よい歳をお迎えください。

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