大人になる心構えを作る4つの自立と性教育の導入

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2020.06.19

大人になる心構えを作る4つの自立と性教育の導入

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■   連載:大人になる心構えを作る4つの自立と性教育の導入
■□  連載:ステイホームで生活不活発になってない?
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 ■ 連載:療育畑で30年かけた取り組み!家庭でできる療育のコツ(最終回)
         第5回 大人になる心構えを作る4つの自立と性教育の導入 
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これまでの4回のコラムでは、目的を持った丁寧な子育てという考えのもと、家庭でできる身近な療育の実例をご紹介しました。

1回目のコラムでは、手がうまく使えない不器用な子どもに、折り紙を通じて指先を使うアドバイスを、2回目では、せっかくの取り組みが誤学習になっていないかの気づきを、3回目では、家事を通じて責任感や生きる力を身に着ける取り組みを、4回目では、スケジュールを見て時間管理と行動するための方法を提供してきました。いずれも、親が見本を見せて、手を添えてスタートできることばかりでした。

ですが、思春期に入ると子ども自身の考えを持つようになるので、小さい頃のように親の言うことを素直に聞いてくれない場面が増えてきます。それは、子どもが成長し、自我に目覚めてきた証でもあるので、喜ばしいこととも言えるのですが、周囲の大人にとっては、やりづらい時期ともいえます。例えば、親が買い物に誘ったとき、今までならついてきた子どもが、「行かない」と拒絶したり、素直だった子が「うるさい」と言動が荒くなったり、反抗し始めたときです。

思春期の頃に、男の子は精通し、女の子は生理が始まります。身体の変化や心の変化が著しく表れるため、親に相談したいけど距離を取りたい気持ちや、助言は受けたいけれども、指示されるとイライラする気持ちが入り混じります。

ことさら性に関するデリケートな話題になると、見本を提示し、手を添えるなどの支援がやりにくくなります。そして、性について「何をどこまで、どのようにして教えるのか、一番悩む」とも言われます。もし、子どもの思春期と反抗期が重なった場合、完全に誤った言動は大人が修正して、適切な方向へ導く必要がありますが、反抗期特有の子どもの言動に振り回されないように、あえて、この時期はやり過ごすことも重要です。この時期が落ち着いたら、大人になる心構えを作る時が到来します。その時には4つの自立を意識して、大人として振る舞えるように導いて頂きたいと思います。

4つの自立とは、(1)精神面の自立、(2)生活面の自立、(3)性的な自立、(4)経済的な自立を指します。

(1)精神面の自立は、家族や周囲の人に援助を求めながらも、自分の軸を持って行動できることです。自分の人生を、人任せにしない生き方をするためにも、自分の意思で判断する練習をします。 

(2)生活面の自立は、ある程度の家事や身辺面などは、自分でできる状態のことです。グループホームのように世話人がいるところや、家事援助などのサービスを使いながら、生活を維持することも生活面では「自立」していると言えます。

(3)性的な自立は、体と心が成熟した大人になり、いたわりや愛することを理解していることです。性と心が一致していることも自立に影響します。価値観の違いや共感すること、人との距離の保ち方などを教えます。

(4)経済的な自立は、一般就労でも、福祉就労でも、「仕事をして稼ぐ」という意識を持つことです。そして、お金を計画しながら、貯めたり使ったりすることを経験させていきます。

これら4つの自立は、自分らしく生きていくために身に着ける術です。とはいえ、すべて完璧に一人でするということではありません。私たちも人の助けを借りながら生活しているように、障がいのある人も、福祉の相談支援機関や支援者のサポートを受けながら、地域で自立した生活を送っている人はたくさんいらっしゃいます。人の助けを借りながらでも、自立へ向かって練習を積むことは、社会に迷惑をかけず、人を傷つけず、不安なく、楽しく豊かに自分の人生を生きていくことにつながります。もし、自立の取り組みをしないでいたなら何が起こるかと言うと、依存心が生まれて、精神的にも、経済的にも依存的になります。そして、自分の体に無関心になり、人の痛みに気が付かず、結果自分を苦しめることになります。実は、そのような依存心の高い人もグループホームや施設で生活しています。周りの世話人や支援者は振り回されないように気を付けながら、折を見て自分でできるように丁寧に対応しています。

でも、大人になってからの取り組みは、本人にとっても辛いようですし、自立するまでにはかなりの時間がかかってしまいます。

さて、性について話を戻したいと思います。
思春期の成長には初潮、精通、発毛など男女の特徴が現れます。ご家庭で性教育というと、少しハードルが高いと感じられる親御さんがいらっしゃいます。そのような場合でも、子どもに分かりやすく、(1)体の仕組み、(2)異性との距離、(3)性のマナーと思いやりは教えて頂きたい項目です。

(1)体の仕組みは、親が介入しにくくなる前に、体の変化についての知識を子どもに伝えます。最初は、生理やマスターベーションを教える前に、人体の仕組みそのものから教えます。体の中の構造を教えるときは、人体模型図や図鑑などを使って始めるとよいでしょう。生殖器などの部分を教えるときも、人体の仕組みの一部としてとらえます。その時に生殖器はデリケートな部分として伝え、常に清潔を保つことを教えます。生殖器に触るとき、爪がのびていたら、爪を切ること、触る前には必ず手を洗うことなど、日常から清潔感を教えておくことで、意識がつながりやすくなります。 

(2)異性との距離の取り方を教えるときは、最初に自分のプライベートゾーンについて教えます。自分の体はすべてプライベートゾーンであり、気軽に他人に見せたり触らせたり行けない場所ということを伝えます。(以前はビキニの部分を指してプライベートゾーンとしていましたが、今は頭から足の先までを指します)。そして、プライベートゾーンの他に、これ以上近づくと不快に感じる距離や空間(パーソナルスペース)があることも教えます。

パーソナルスペースに関して、ある女性の例ですが、「友達の男性に気があると思われ、付きまとわれて迷惑している」と嘆いていた子がいました。でも、周囲の声は違います。彼女は異性が隣にいると、彼女から腕を組み、体を引っ付けていくというのです。明らかに相手のプライベートゾーンを犯し、パーソナルスペースに踏み込んでいます。人との距離は片手を伸ばした距離で立つというワークを実施した時に、人との間には気安く入ってはいけない距離があることを知り「これで勘違いされずに済むんだ」と喜んでいました。
男性の中にも、知らない女性をじっと見つめたり、相手の許可なく触ってしまったりするので、3秒以上見つめないで視線を外す練習している人もいました。

(3)性のマナーや思いやりは形には見えにくいものですが、お互いの意思を確認し合う、やりとりの練習は欠かせません。

お互いのことを好きになると距離が近づき、いずれお付き合いが始まるかもしれません。その時に、相手の体にいきなり触れたりせずに、相手の気持ちを確認することや、自分の意思を伝える方法を教えておかなければなりません。愛情については、「やわらかさ」「あたたかさ」など子どもがイメージしやすい表現を使って表します。また、お付き合いを支援する上では、社会道徳を教えることは必須です。社会には、お互いがより健全で快適な共同生活を送るためのルールやマナーがあります。公衆の面前で、抱き合ったり、キスしたりすることのないよう、プライバシーが守られている場所を示す必要があります。その準備として、居間でマスターベーションするようなことが無いように、プライバシーが守られている場所を示して提供することから始めます。そうすることで、子ども自身も大人としての振る舞いを身に着けられる一歩になります。

まだまだ、お伝えしたいことはあるのですが、5回に渡る連載はいかがでしたでしょうか。もっと詳しく読みたい!と思っていただいたのでしたら、ぜひ「発達の気になる子の大人になるためのチャレンジ」翔泳社出版 鹿野佐代子 橋本美恵共著をぜひ、ご一読していただければ嬉しく思います。

最後に、子どもが子どもでいられる時期は、とても短いものです。気が付けば子どもは成長し、いつの間にか思春期を迎え、大人になっていきます。子どもが大人になって、働くことを意識した時や家族から離れて地域で暮らすようになった時に、今取り組んでいることは必ず役立ちます。そうして、豊かな人生へとつながっていった人を筆者たちはたくさん目にしてきました。子どもたちの生きる力を育てるためにも、「大人の準備」を始めていただければ幸いです。

橋本美恵&鹿野佐代子
発達の気になる子シリーズの著者
誤学習・未学習を防ぐ!発達の気になる子の「できた!」が増えるトレーニング
未来に飛び立て!発達の気になる子の大人になるためのチャレンジ〈学齢期編〉



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 ■ 連載:障がいのある子の医療(最終回)
         第3回 ステイホームで生活不活発になってない? 
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松本零士の漫画は押しなべて謎の美女と少年の物語だが、999は銀河を旅する蒸気機関車(の形をした乗り物)が舞台。いまでもカルテにメーテルの横顔をかけと言われたらかけます(そんな人はいない)。池田理代子先生の描く「美」はベルサイユなべたべた西洋のものだが、松本零士の描く女性は見事な金髪にそぐわぬのっぺりとしたうりざね顔、あるかないかの鼻と口、すさまじいボリュームのまつげにありえない方向に曲がる細すぎる手足。心酔して読み込んだのに、目だけ見たらメーテルもエメラルダスも森雪もスターシアも区別がつかないのです。

唐突に銀河鉄道999の話を書いているのは、このところのStay Home生活で、銀河鉄道の停車駅、雨の都を思い出したからです。銀河鉄道は様々な星に停車し、必ずそこでさらわれたり、パスを取られたりする。雨の都は、一日中、一年中、常に雨が降りしきる星。

メーテル風に言うと
「これだけは覚えておいて鉄郎、未来永劫、晴れることは決してないのよ、この星ではね」

富裕層は快適な住居を手に入れているが、貧困層は泥の中に泡の家を持ち、そこに引きこもって一生をくらします。999から降り立った鉄郎を待ち構えて自宅へ(無理やり)招いた女に鉄郎が
「なんでオレが乗ってくることを知ってた?」と聞くと女性はだまってテレビを示す。画面にはその日の鉄道の時刻表、乗客名、個人情報とやらが事細かに延々と流れ続けている。
「ずっと家にいて、やることがないから、こんなどうでもいい情報がばかみたいに発達するんだ・・・」
とあきれながらこの完璧に閉鎖した世界のありように、鉄郎と納得したものです。

その話がどういう落ちだったのか覚えていないけど、ひとが何もしないで家にこもる世界が新鮮だったのと、ずっと閉じこもって過ごすと情報だけが楽しみになって異様に発達していく、という世界が今とよく重なりませんか。引きこもり生活で使わなくなった肉体はどうなるんだろうなととても心配になりませんか。松本美女はどれだけ自粛生活を続けようと、メタボになったりは絶対にしませんけれど。だってトイレにだって行くはずないんですよ、ええ。

感染拡大防止のためには、ウイルスに近寄らない、これが一番確実です。インフルエンザでもはしかでも、結核であってもそれが基本。感染症に法定伝染病がさだめられ、感染したら法が、その人の自由に移動する権利を奪って強制入院させることができます。日本では感染拡大防止の目的のためには外出に罰則つけて禁止するまでの人権を侵すことはないですが、今回、国民はいろんな活動をへらす努力義務を課せられました。仕事を行くな、学校行くな、遊びに行くな、飲むな歌うなしゃべくるな。禁止オンパレード。もちろんそれが感染の機会を減らす。物理的に距離を稼げば一番確実。それで国は「三密を避けましょう」を掲げましたね。

ええ、言いたいことは分かりますが、「○○をやってはいけない」と禁止ばかり羅列されるのは伝え方としてはよくありません。それは、自閉症の療育に携わる人間にとっては常識。なのに、あろうことか、「不要不急を避ける」だとか言い出す。ダブル否定、「○○しないのはいけない」ときた。ひどいものだ。自閉症に伝わらないものは国民にも伝わりにくいでしょうに。
(まあ、国民の理解など、得るつもりはさらさらない、あやまらない忘れる説明しない記録残さない政権・・・おっとまた指が滑った)

これ一つとっても、国はセンスがないなーと。なぜ、禁止ばかり並べる?それでなくても冗談みたいに禁止ばかりを強いる学校やら職場にうんざりです。スカートの丈は膝まで、ストッキングは黒か肌いろ、挙句に下着も白?それが何の意味があるのかを教えられずに、ただ決まりに従わせることを教える学校に適応できない人や自分を見てきたから。スカートが短かろうが、紫のストッキングをはこうが、ひとに親切で、勉強に意欲的ならば何の問題があるのか、合理的な理由を示す先生は存在しないでしょう。たぶん、禁止することが、相手を指導することだと勘違いしている「先生(医者も含めて)」ばかりなのでしょう。理由を言って、こうしましょうと具体的・肯定的に言ったほうがいいのに。だから「ステイホーム」のひとことはよかった。ディスタンスでもまあいい。ディスタンスがより具体的だったらなお自閉症的でよかったのに。

そう思って探していたら、WWF※が具体物で説明してくれていました。
WWFジャパン ツイッター 

「人混みの多い場所に行くときには
ジャイアントパンダ、
オサガメ、
若いオスのホッキョクグマ、
2羽のキングペンギン、
くらいの距離を意識してみましょう」

わかりやすい、いやむしろわからない、と突込みと入り乱れた反応でした
が、私は「そうかパンダか」と。パンダをまじかで見たことはないが、目の前でパンダのしっぽを想像しながら後ずさるほうが楽しい。

で、雨の都状態になった世界。人の集まるところに行けない、集団に入れない、たくさんの人と会えない、おしゃべりできない・・・
この生活の不自由さには、ちょっとしたデジャブ感じていました。

たぶん十数年前、我が子が自閉症の診断を受けたころ、3歳になると多動の極致でスーパーボールに例えられました。ドアを見たらダッシュだGO!クルマが来ようが立ち入り禁止の看板あろうが、走る走る走る走るどこまでも走る、登る登る登る登る足がかかる場がありさえすればどこまでも登る。

家にいたって少しでもドアが開いていたら外に出るので、すべてのドアにカギを二つ、火事になったら死にますねーと鍵屋さんに笑われ、日中も窓を開けられず布団も干せず。車に乗せるときには常に親が先に降りられる位置に座り、走り出すのを体で止める。靴はコンマ1秒で着脱可能なものだけ残し、スカートも捨てた。休日も夜もいつも家族で過ごし、一時も目が離せない。公園に行って、多くの家族連れが草の上でお弁当を広げたり、ゲームに興じて過ごしたりしているそのわきをすり抜け、楽しいのかなんなのか理由があるのかないのか、走り続ける子供を追ってひたすら走るだけの外遊び。10分、20分。楽しげな家族連れは遠い風景で、自分たちとは相いれない世界。30分、40分・・・炎天下でもトイレにいけないので水分を取らないで、ひたすら、追い、スピードが落ちてきたら相方と連絡を取りあい、車で迎えに来てもらう。週末車の中でだけが相方と話せる時間。

世界とはまじわる点が全くなかったような、あの頃の心情が思い出されます。ソーシャルディスタンシング、社会的な距離。たとえ近づけたとしても、ルールが守れない我々の方から距離をとるしかありませんでした。

だから、今この経験は少し懐かしい。あのころと違うのは、子供たちは、時とともに、成長したのか、嘘のように活動性が低下し、マンツーマンの活動を確保できるようになってとてものんびりとくらせるようになったところ。

このなんとなく懐かしい世界に、コロナは、健常者の社会のほうをちょっとずつ、近づけてきてくれているようにも見えたり。だってどこでも、お互いに近寄らないでいられる、いきなり知らない人から話しかけられたり無駄に話をしなくていい、なんなら会わなくても用件だけすればいい、足もとに足型を置いてある、出口と入り口がはっきりしている。とにかく、ひとと離れていても奇異に思われないだけ、ちょっとだけほっとしていたりします。

もう一つ、おおきく生活が変わったこと。
Stay Homeのために、日常の生活が不活発になってしまっていないでしょうか。
ずばりそのまま「生活不活発病」という病気の危機です。正式な病名ですよ。

生活不活発病とは「生活が不活発になった」ことが原因となり、あらゆる体や頭の働きが低下する病気です。これはいったんはじまると悪循環にはまってしまいます。つまり、「動かない(生活が不活発)」ことにより、生活不活発病が生じます。 そして、生活不活発病が起こることで、歩くことや身の回りのことなどの生活動作が行いにくくなったり、疲れやすくなったりして、「動けない」、「動きにくい」状態となります。「動けない」、「動きにくい」のでますます「動かない」ようになり、生活不活発病がいっそう進んでしまいます。原因と症状が同じ病気なんですよね。珍しい。日本では、新潟地震で避難所生活を余儀なくされた高齢者が避難解除後も、のきなみ要介護度が上がってしまい、できたことができなくなってしまったことから注目されました。

漠然と不活発といいますが、具体的には三つに分けて考えてみます。
(1)    体の部分的な影響 
骨、関節、筋肉。動かしてあげないとどんどん委縮していきます。骨は常に破骨細胞で削られ、造骨細胞によって新しく生まれていきます。重力にあらがって体を支えるために、毎日、毎日、体を作り変えているのです。えらいなあ。骨に体重を掛けなくなると、「あ、もう支えなくていいのかー」と骨が感じとり(たぶん)、新しく作らなくなります。筋肉もそう。動かさなくなると細くなりますし、動かしていると90歳を過ぎても、新しくつくられます。皆さんジムに行って「体を造る」というじゃありませんか。病気で言うと、ロコモティブ症候群、骨粗しょう症。足元がふらつき、転びやすくなり、骨折したらさらに不活発生活が極まって寝たきりのきっかけとして一番多いのが骨折です。
 
(2)    全身的な影響 
内臓も同じです。有酸素運動を続けていると心臓と肺の機能がよくなり、多少の坂では息切れしなくなります。一週間でも入院生活をしたら、びっくりするくらい全身の機能は低下します。肺炎で10日入院した20代の男性が退院後の外来で「階段も登れなくなっちゃった!」と泣きそうになったことがあるくらい。もちろん生活が戻れば普通に戻りますからとなだめました。ほんと、若くても、落ちるのはあっというまです。胃腸も働かなくなり、便秘になったり、逆流性食道炎になったり。筋力が落ちて代謝が悪化し、糖尿病や高血圧などの生活習慣病のリスクが上がります。すると当然その結果、動脈硬化性疾患の発症率があがります。それだけではなく、がんや認知症の発症率も上がってしまいます。

(3)    精神・神経的な影響 
やることがなくなると、張りがなくなるものです。地域や家庭で役割がある人のほうが、元気なもの。災害で畑を失った人が、ずっと仮設住宅に座って、届けられる食事を食べているだけになると、興味の幅が狭くなったり、疲れないので夜寝られなくなったり。
かかりつけでうっかり「眠れなくて」なんていうと、医者もうっかり「じゃあこれ飲みますか?」と眠剤※出しちゃったりする。睡眠薬は、依存性はなくいい薬も増えたが、高齢者にはやはり危険。転倒リスクが増える、骨折して入院したら今度は入院生活という名の不活発生活が、心身の機能を奪ってしまう。
※眠剤 睡眠薬や睡眠導入薬など睡眠に関する薬品の総称

ウイルス感染を予防するためにベストな生活をすると、こういった生活不活発病におちいるリスクも抱えなくてはいけない、予防と、生活不活発病にならないような生活と、相反するふたつをどっちも考えなくちゃいけないと思うんです。

だって、私たちの子供って、いえ、私たち家族ってもしかして、いやたぶん、常に生活不活発病にさらされているんじゃないですか? もともと生活の範囲は狭く、体を動かそうとしても、利用できる場は制限されていないでしょうか?

自閉症と知的障害の我が子、友達と一緒に外で遊ぶ? 遅くまで毎日部活で体を極限まで動かす? 夏休みだってずっと朝から練習する? 山に登りたくても、ジムに行きたくても一人ではいけない。連れて行ってあげたくても、親は確実に年を重ねて体がついていかない。いわゆる健常の同年代に比較して、運動量はどれくらい確保できるのでしょう・・・と考えるとちょっとあせった気分になります。

知的障がい者に肥満者が多いというデータは、いくつか見たことがあります。以前作業所でとったアンケートでも、その傾向は見られました。原因として、肥満をきたしやすいタイプの薬の影響もありましょうが、不活発な生活が大きいのも確か。そして、知的障がい者がかかりやすい病気一覧をみますと、肥満のために発症してくる生活習慣病、以外にも、骨粗しょう症、関節などの運動器の障害、便秘、うつ、認知機能低下、早期の認知症発症・・・・これらはすべて生活不活発病ときれいに重なっている気がするのです。

過剰な運動はもちろん筋肉とかを傷めてしまい体に良くないですけど、「必要十分な運動強度・運動量が確保できていない状態」も健康を侵すリスクと考えてほしいのです。と同時に持っている機能を目に見えて低下させてしまうリスク。特に知的障がい者のスポーツは、疲れたら止める、ケガさせないようにする、という支援者側の「配慮」ばかりでなく、そもそも運動の機会や場がない、といった社会的な要因もあって、ついつい無難な内容に終始しがちです。が、有効下限に満たない運動は、むしろ健康にとってはリスクになってしまうのである、ということも覚えておいていただいて損はないと思います。

上に書いたような、普通の子たちがしているスポーツは難しくても、一緒に運動したり、散歩できるように人込みをさけたり、ルールが分からなくても一人でできる運動(まあ、たいてい走ると泳ぐ、ですが)や室内で体を動かす時間をつくったり。犬の散歩や買い物など毎日どうしても歩かなくてはいけないようにしてあげたり。そうやって生活に介入していくことで、「障がい者だから」と損なわれてきた健康を、回復することがもしかして可能なんじゃないか、そう思えてなりません。

ちなみに、下限の強度の運動、というと、どれぐらいでしょうかといいますと。
「運動の強さ」を示す単位は、「METs(メッツ)」が使われますが、これは安静にしている時と比べてどれくらいエネルギーを消費しているかを示す数字です。1METsは安静時。テレビ見たりゴロゴロしたり。運動強度が二倍なら2METs。やや早めの歩行が3METsくらい。軽いジョギングが6METs。
適正な運動強度は年齢や性別で変わるし、心臓に病気があるとまた変わるものですが。細かいことは置いておいてものすごーくざっくりいってしまいますと(こんなのばっかり)ちょっと息が上がるくらいの運動(3METs以上)を一回30分、週に3回、それが生活習慣病の予防が期待できる最低限の運動量です。

3METsがどれくらいかというと、息が上がるけど、動きながら会話はできるって感じ。ちなみに部屋の掃除、買い物、大工仕事、階段を降りる、子供の世話、ロックのギターなんかも、3METsに入るとアメリカの資料に書いてあります。ギターってもっとハードじゃない?犬の散歩は微妙ですよねえ。ガンガン坂を攻める犬もいるし、あちこちにおいをかぎまくって止まってばかりで、散歩というよりパトロール的な散歩はどうなんでしょうね。まあ、3METsいかなくてもその分、時間が長ければちゃんと生活習慣病の予防効果はありますので、それを目指してなんとか生活の不活発さを改善していく工夫をしてきたいものです。

グループホーム(GH)入居者は一切の外出を制限されてしまったところもあると聞きます。感染の成立はたいてい屋内です。野外で、2m以内に人がいなければマスクも外していいですと、先日厚労省も熱中症予防の生活スタイルとして提唱しているくらいで、ひととの接触を避けさえすれば、屋外ではマスクもいらないよと言っているのです。

もちろん外出時、帰宅時の手洗いを習慣にしていきたいですが、無理ならアルコールを持参して。そういった工夫をして、これ以上の軟禁生活が入居者さんの健康を害することがないようにと願います。ちなみに、私の関係する高齢者のGHでは、面会はお断りしていますが、お昼の散歩は続けています。適宜マスクを外すようお願いしながら。

私の預かっている内科外来では、ウイルスにはかからなかったけど、お籠り生活のせいで、体重増えちゃったり、血糖値があがったりする方が少なくありません。
帰宅時間が早くなって、体は楽になってよかったけど、お酒飲む時間と量が増えて、尿酸値が上がり薬を増やさざるをえなかった方もいます。コロナ生活、健康へいろんな影を落としているなあと感じます。障がい者にとっては、今までの不活発な生活からむしろ、運動を続けられる人生について、考えていただく機会にしていただけるといいな、と思っています。

ちなみに、職場ではあちこちにビニールの暖簾がぶら下がっています。医事課にも受付も、診察室にも。そうすると風通しが悪い。換気が悪くなっては本末転倒なので、一生懸命窓を開けねばならない。たいていの時間窓を開けていますと、机の上が砂ぼこりでじゃりじゃりしてくる。PCもじゃりじゃり。カルテに挟んだ検査結果が風に舞い散る。大事な個人情報をいやあーごめんねーと拾って顔を上げるとビニールが風になびいて患者さんの顔にぺたりとはりついてしまっていたりする。
だまってふたりでビニールの端っこを引っ張っていると、おしまいのタイマーが鳴る。診察時間も10分以内の決まりができたのです。

いや本当に、診察室の風景もびっくりするほど様変わりしています。
変えようと思って変わらないものは、ないのかも、と感じるこの頃です。

ひつまぶし(内科医)


■□ あとがき ■□-------------------------- 
お二人の連載が終わりました。橋本さんと鹿野さんには日常生活の中でお子さんと接する際のヒントを、ひつまぶしさんにはコロナ生活を送る上で知っておくべき情報をまとめていただきました。本当にありがとうございました。

Zoom連続セミナー「開発者が語る」全5回が終わりました。たくさんの方にご視聴いただき、この場を借りて感謝申し上げます。それらの動画をいつでもご覧いただけるようにWebページにまとめましたのでご案内させていただきます。
第2回連続セミナーとして、認知機能から考える発達の困りシリーズを行います。ご興味のある方はご視聴ください。時間は毎回共通10:30から11:00です。

1.発達の困り(種別)のとらえ方 6/25(木)
2.自閉スペクトラム症(ASD) 6/26(金)
3.注意欠如・多動症(ADHD) 6/30(火)
4.学習障害(LD)・限局性学習症 7/2(木)
5.知的発達症・ダウン症 7/3(金)
6.他の困り・1 発達性協調運動障害(DCD)他 7/7(火)
7.他の困り・2 聴覚情報処理障害(APD)・吃音他 7/8(水)

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次号は、7月3日(金)です。

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