協調運動の問題について 映画『どうすればよかったか?』

MAILMAGAZINE
メルマガ情報

2025.06.13

協調運動の問題について 映画『どうすればよかったか?』

----TOPIC----------------------------------------------------------------------------------------
■    連載:協調運動の問題について
■□   コラム:映画『どうすればよかったか?』
--------------------------------------------------------------------------------------------------

───────────────────────────────────…‥・  
■ 連載:発達障害児の感覚処理・協調運動の問題への支援
       第4回 協調運動の問題について
───────────────────────────────────…‥・
今回は、発達障害児に見られやすい協調運動の問題について説明します。

協調運動の問題が主症状とされる発達障害にDCD(発達性協調運動症:Developmental Coordination Disorder)があります。DCDは、発達障害の一つであり、脳性まひや筋ジストロフィーなどの明らかな神経・筋疾患が認められないにもかかわらず、協調運動に著しい困難が見られる状態を指します。

DCDの子どもは、年齢相応の運動技能の獲得や遂行が難しく、日常生活や学習活動に支障をきたします。例えば、箸をうまく使えない、靴紐を結べない、球技が苦手、自転車に乗るのが困難といった問題が現れます。こうした動作には、筋力だけでなく、視覚・聴覚・身体感覚などの情報を統合し、身体を計画的に協調して動かす力が必要とされますが、DCD児はそのどこかのプロセスに困難を抱えているのです。
 
イメージ

DCDの有病率は5~8%とされており、比較的頻度の高い発達障害であることがわかっています。また、男女比はおおよそ2:1から7:1で、男子に多く見られる傾向があります(APA, 2022)。しかしながら、その知名度はADHD(注意欠如・多動症)やASD(自閉スペクトラム症)に比べると著しく低く、支援や理解が遅れることが少なくありません。

DCD児は、協調運動の困難によって、学校生活や遊びの中でつまずきやすさが出て、それに伴い二次的な問題が出やすいことが知られています。例えば体育の授業でうまく運動ができなかったり、友達との鬼ごっこやボール遊びについていけなかったりすると、自信を失いやすくなります。また、運動が苦手なことで活動への参加を避けるようになり、劣等感や孤立感、疎外感を抱くようになることもあります。こうした経験の積み重ねが、自己効力感(自分はできるという感覚)の低下につながり、他者との関係づくりにも消極的になってしまうことがあるのです。
さらに、姿勢保持の困難や書字の不器用さなどから、授業中に注意を受けやすいこともあり、教師や周囲の子どもから誤解されやすく、間違った対応を受けやすいことから二次的な問題が膨らみやすい傾向があります。
 
イメージ

DCDは単に子ども期だけの問題ではなく、その特徴は成人期にまで持ち越されることもあります。研究によれば、DCDの約30~70%が成人になっても協調運動の問題を抱えており、就労や日常生活に影響を与えることが報告されています。また、不器用さに伴う失敗体験の蓄積から、不安障害や抑うつ症状を呈することも少なくありません。このように、二次的な心理的困難として深刻化するケースもあるため、早期の理解と支援が不可欠です。

また、DCDはしばしば他の神経発達症と併存することが多く、その特徴を複雑にしています。DCDのみの診断であるケースは全体の15%程度にとどまり、多くはADHDやASDなどと重複して見られることが知られています(Blank et al., 2019)。
逆に言えば、ADHDやASDの子どもの中にも、見過ごされているDCDの特徴が潜在している可能性があります。ASD児については、境界レベルの運動問題も含めると、86.9%~97%に協調運動の困難があるとする報告もあります(Green et al., 2009; Bhat, 2020; Miller et al., 2021)。また、ADHD児の50~55%にはDCDが併存しているという研究もあります(Goulardins et al., 2015)。

しかしながら、こうした併存症の存在にもかかわらず、周囲の大人や教育・医療関係者がDCDに気づかないことは少なくありません。特にASDやADHDでは、対人関係や行動面の特徴に注目が集まりやすく、運動面の問題は見過ごされがちです。さらに、DCDという概念自体が教育・保育現場に十分に浸透していないという現状もあります。
実際に、私たちが行った調査では、ADHDやASDについて「ほとんど」または「すべて」の保育士が知っていると回答した園が9割近くに達したのに対し、DCDについての認知はわずか2割強にとどまりました(岩永ら, 2023)。このように、DCDはまだ十分に知られておらず、そのために合理的配慮の対象になりにくい状況が生じている可能性があります。

DCDの特性に気づかれず、また適切な対応がなされない場合、本人にとっては周囲との差を感じる経験や誤解、繰り返される失敗体験などが心理的負担となり、結果として二次的な問題が深刻化することがあります。したがって、DCDに関する正しい理解と早期の気づき、そして教育・医療現場での的確な支援体制の整備が強く求められています。DCDは支援の必要性がわかりにくい障害かもしれませんが、それが深刻な問題に発展することもあるため、支援者がその存在をしっかりと認識し、必要な支援に結びつけていく姿勢が大切だと言えます。

文献
American Psychiatric Association: Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders. 5th ed, text revision. American Psychiatric Association. 2022.

Bhat AN. Is motor impairment in autism spectrum disorder distinct from developmental coordination disorder? A report from the SPARK study. Phys Ther. 100: 633?44. 2020

Blank R, Barnett AL, Cairney J, Green D, Kirby A, Polatajko H, Rosenblum S, Smits-Engelsman B, Sugden D, Wilson P, Vincon S: International clinical practice recommendations on the definition, diagnosis, assessment, intervention, and psychosocial aspects of developmental coordination disorder. Dev Med Child Neurol. 61: 242-285. 2019

Goulardins JB, Rigoli D, Licari M, Piek JP, Hasue RH, Oosterlaan J, Oliveira JA: Attention deficit hyperactivity disorder and developmental coordination disorder: Two separate disorders or do they share a common etiology. Behav Brain Res. 292:484-92. 2015
Green D, Charman T, Pickles A, Chandler S, Loucas T, Simonoff E, Baird G: Impairment in movement skills of children with autistic spectrum disorders. Dev Med Child Neurol. 51: 311-6. 2009

岩永竜一郎他.厚生労働省令和4年度障害者総合福祉推進事業指定課題「協調運動の障害の早期の発見と適切な支援の普及のための調査」報告. Retrieved from https://w.bme.jp/38/3785/28/1 2023

Miller HL, Sherrod GM, Mauk JE, et al. Shared features or co-occurrence? Evaluating symptoms of developmental coordination disorder in children and adolescents with autism spectrum disorder. J Autism Dev Disord 51: 3443?55. 2021

Watemberg N, Waiserberg N, Zuk L, Lerman-Sagie T: Developmental coordination disorder in children with attention-deficit-hyperactivity disorder and physical therapy intervention. Dev Med Child Neurol. 49: 920-5. 2007

◆岩永 竜一郎 
長崎大学大学院医歯薬学総合研究科(保健学科)・作業療法学専攻教授、医学博士、作業療法士、
感覚統合学会理事、特別支援教育士スーパーバイザーほか、長崎県内外のさまざまな委員を兼任。
アスペルガー症候群の息子がおり、長崎県自閉症協会高機能部部長としても活動している。


───────────────────────────────────…‥・  
■ コラム:本や映画の当事者たち(14)   
        映画『どうすればよかったか?』
      精神障害を発症した姉を助けようともがく弟が25年間かけて撮影した実録映画
───────────────────────────────────…‥・
タイトルからもわかるように、いわゆる障害や病気などの当事者といわれる人たちが描かれている本や映画、DVDなどを紹介します。今回は2024年12月7日(土)より公開され、異例のロングランを誇る映画『どうすればよかったか?』を紹介します。

この作品は家族のことを赤裸々に描いたドキュメンタリーです。
優秀な姉に統合失調症の症状が現れたとき、両親はどう対応したか。病院に通わせることなく、玄関に南京錠をかけ、年々症状がひどくなる姉を閉じ込めたのです。
映像を学んだ弟である藤野監督は、家族の様子を20年にわたって撮影し、ドキュメンタリー映画にまとめ、一般社会に問いかけます。

優秀な8歳ちがいの姉。両親の影響から医師を志し、医学部に進学したがある日突然、わけのわからないことを叫び出しました。
すぐ病院を受診、統合失調症が疑われましたが、医師で研究者でもある父と母はそれを認めず、精神科の受診を拒みました。
その後も、午前2時頃、姉が「お前たち、全員静かにしろ!」と言って泣きながら部屋に入って来たこともあったそうです。頭の中から声が聴こえている。その何物かへの恐怖があって、姉は夜、眠れなくなりました。
この映画の監督である弟の藤野知明は、両親に姉の治療をするように説得します。でも両親は治療を行いませんでした。

家の様子を記録し始めたのは、藤野監督がまだ大学生だった1992年。家を出ようと考えていたそうです。でも、いずれ姉が精神科を受診した時、当時の家の中の状況を親に否定されたら、証拠がないので根拠を示せなくなります。録音しか方法がなかったので録音したのが映画冒頭シーンの姉の声だったそうです。

カメラを回し始めたのは、映画の専門学校を卒業した3年後の2001年からです。両親と姉の4人での外出や、食卓の風景にカメラを向けながら両親の話に耳を傾け、姉に声をかけつづけます。悪化していく姉に、両親は玄関に鎖と南京錠をかけて姉を閉じ込めるようになります。

母親に認知症の症状が現れた2008年、ようやく姉は精神科に入院。「統合失調症」と診断され、3か月で退院し、症状も改善して表情も穏やかになりました。
映像をドキュメンタリー作品にまとめようと考え始めたのは、このときだったそうです。ただ、姉が病気を認めていない以上、発表するのは姉の死後と決めていたといいます。

映画ができあがり、映画祭での上映時、客席がガラガラかもしれないという恐怖があったという藤野監督。映画祭でも評判を呼びました。一般の劇場公開が始まると、すぐに満席。理由を客観的に分析するなら、ドキュメンタリー映画やTVの特集枠では、あまりやっていない内容だったからと監督は言います。精神障害者が治療を受けていないときの、しかもモザイクも一切かけていないリアルな映像でした。

「統合失調症は生涯発症率およそ1%だから、日本には100万人ぐらいいておかしくないわけです。サイン会に来られるお客さんの中にも自分が統合失調症です、家族が統合失調症ですという人が体感として3割ぐらい。あと2割ぐらいは医療関係の方で、やっぱりそこがコア」と話す藤野監督。そんな人たちが身近に感じられる、リアルな映画だったわけです。

最後にやっと治療につながって少しはよくなった姉ですが、助けられず、姉の人生を“失敗”としか言えないという藤野監督。経済的にも豊かな両親だったので、娘一人を養うことができたわけです。研究者なのに、事実を認めない、隠してしまう。娘が精神障害であることを受け入れないと治療に進めない。弟である監督にはわかることが、両親には理解できなかったわけです。
藤野監督が映画を編集している間、ずっと頭の中に浮かんでいたのは『どうすればよかったか?』という問いだったそうです。その言葉をタイトルに付けたと言います。
この映画は精神障害を描いてはいますが、知的障害、発達障害、認知症など家族にとって見たら、同様な展開があちこちで現れているのではないでしょうか。

“どうすればよかったか?”正解のない問いは見る人の心に響き、さまざまな考えを呼び起こします。自分の家族に起こったらどうすればよいのか? 実際に見ていただき、いっしょに考えてほしい映画です。

 
監督・撮影・編集 藤野知明
制作・撮影・編集 淺野由美子
編集協力 秦岳志  整音 川上拓也
製作 動画工房ぞうしま  配給 東風
2024年/101分/日本/DCP/ドキュメンタリー
(C)2024動画工房ぞうしま
 
監督・撮影・編集
藤野知明 Tomoaki Fujino
1966年、北海道札幌市生まれ。北海道大学農学部を7年かけて卒業。横浜で住宅メーカーに営業として2年勤務したのち、1995年、日本映画学校映像科録音コースに入学。卒業後は、近代映画協会でADとして勤務したのち、CGやTVアニメの制作会社、PS2用ソフトの開発会社に勤務しながら、映像制作を続ける。2012年、家族の介護のため札幌に戻り、2013年に淺野由美子と動画工房ぞうしまを設立。主にマイノリティに対する人権侵害をテーマとして映像制作を行っている。

◆はら さちこ
ライター。
編集制作会社にて、書籍や雑誌の制作に携わり、以降フリーランスの編集・ライターとして活動。障害全般、教育福祉分野にかかわる執筆や編集を行う。障害にかかわる本の書評や映画評なども書いている。
主な編著書に、『ADHD、アスペルガー症候群、LDかな?と思ったら…』、『ADHD・アスペ系ママ へんちゃんのポジティブライフ』、『専門キャリアカウンセラーが教える これからの発達障害者「雇用」』、『自閉症スペクトラムの子を育てる家族を理解する 母親・父親・きょうだいの声からわかること』『発達障害のおはなしシリーズ』、『10代からのSDGs-いま、わたしたちにできること』などがある。


■□ あとがき ■□--------------------------
HUGオンラインセミナー特別企画「子どもたちを知る」シリーズ第3回「生活機能・社会機能の発達とは?」が、6月23日(月)に開催されます。講師は小玉武志先生(NPO法人カケルとミチル代表理事 Ph.D. 認定作業療法士)です。どなたでも無料で、ご参加いただけますのでご案内させていただきます。

HUGオンラインセミナー 

次回メルマガは、6月27日(金)の予定です。

▼YouTube動画 レデックス チャンネル ▼

メルマガ登録はこちら

本文からさがす

テーマからさがす

全ての記事を表示する

執筆者及び専門家

©LEDEX Corporation All Rights Reserved.