子どもゆめ基金のデジタル教材「手話うたアプリ」

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2021.02.26

子どもゆめ基金のデジタル教材「手話うたアプリ」

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■   まえがき
■□  新連載:子どもゆめ基金のデジタル教材「手話うたアプリ」
■□■ 連載:合理的配慮をうまく機能させていくために(最終回)
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■□ まえがき ■□--------------------------
子どもゆめ基金のデジタル教材の第3弾です。以前、メルマガに連載していただいた、荒木友希子・金沢大学准教授からのご寄稿です。

デジタル教材は、2015年度に子どもゆめ基金に採択されています。

荒木先生の本メルマガ連載はこちら。
 
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 ■ シリーズ:子どもゆめ基金のデジタル教材「手話うたアプリ」
                            第1回 聴こえる子と聴こえない子の共生社会の実現をめざして
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1.はじめに

私は、聴覚障害をもって生まれた長男が幼い頃にiPadを自由自在に使って言葉を覚える様子を目の当たりにしました。この経験から、聴覚障害児の大きな課題である言語の習得にiPadを活用できるのではないかと考え、この問題に対して心理学研究者として取り組むようになりました。そして、2012年に「聴覚障害児のためのアプリ教材開発研究会」を設立しました。この研究会では、聴覚障害のある子どもの自立と社会参加を目標に、聴覚障害教育に携わる教員および聴覚障害児の保護者に対する支援の一環として、心理学・聴覚障害教育・手話言語学といったさまざまな専門家と連携して、有効なアプリ教材の開発とその普及に取り組んでいます。

この研究会では、 聴こえる子も聴こえない子も、iPadのアプリを使って一緒に歌を楽しんで欲しいという願いから、子どもゆめ基金の助成金の交付を受けて「手話うたアプリ」を開発し、アプリを使った手話うたコンテストを実施しました。オンラインを活用し、子ども達が手話うた動画の作成・視聴をすることによって、音楽を楽しみながら学び、聴こえる子と聴こえない子の共生社会の実現をめざしています。今回のメルマガでは、聴覚障害のある子どもたちを取り巻く課題や「手話うたアプリ」の開発に至った研究の経緯についてご紹介します。

2.聴覚障害のある子どもたち

携帯電話や多機能情報端末は、学習やコミュニケーション、生活管理に困難のある障害児にとって、大きな支援となる有益なツールです。また、障害児を対象に携帯電話を活用した学習支援に関する研究も多くおこなわれています。たとえば、ソフトバンクモバイル株式会社は、東京大学と共同で、携帯電話を使用した学習支援事例研究プロジェクトを2009年から開始し、2011年4月からは特別支援学校にiPadを無償で貸し出し、授業に活用する事例研究を展開しています。しかし、この事例研究では、既存のアプリ(たとえば、画面上に直接字を書き込める「筆談アプリ」)をコミュニケーションに活用する、というものであり、学術的知見に裏付けられた有効な教材となるアプリを教育・療育に活用する段階にはまだ至っていないと思われます。

障害児の中でも、特に乳幼児の聴覚障害は、言語や社会性の発達に重大な影響を及ぼすことが指摘されています(加我,2005)。近年では、聴覚障害の早期発見・早期療育を重視し、新生児に対する聴覚スクリーニング検査が普及し始めていますが、地域格差もあり、診断後の療育体制がいまだ十分には確立されていない現状です。聴覚障害児に対する言語習得の教育に関しては、ろう学校や聴覚特別支援学校が主な担い手ですが、就学前の小さな乳幼児の言葉や心の発達には、家庭の役割が非常に重要となります。たとえば、私は、人工内耳装用児に対する縦断的なインタビュー調査をおこない、聴覚障害児の健全なアイデンティティの形成には幼少期における親との十分なコミュニケーションが重要であることを報告しました(荒木,2014)。

一方で、聴覚障害者は、視覚情報処理能力や空間認知把握能力に優れていることが指摘されています(Bellugi., et.al.,1994)。私は、心理学実験の基礎的な認知的葛藤課題のひとつである色名単語ストループ課題を用いて、聴覚障害者の視覚情報処理能力を調査しました(荒木・平澤,2013)。その結果、聴覚障害のある大学生は聴者とは異なった特異的な視覚情報処理能力を持つことが明らかとなりました。

3. 「手話うたアプリ」開発のきっかけ 

このような聴覚障害者の認知特性の特徴を最大限に活かした療育プログラムを用いて聴覚障害児に対する支援をおこなうことによって、聴覚障害児はよりスムーズに言語の習得をすすめることができると思われます。そこで、本研究会では、2012年から2014年まで、科学研究費補助金<挑戦的萌芽研究「聴覚障害児が日本語を学習するためのiPadアプリケーション教材の開発」(課題番号24653292)>の助成を受け、聴覚障害児を対象に、親子で楽しみながら日本語の学習をおこなう視覚的な教材を開発しました。急速に普及している多機能情報端末であるiPadを用いたデジタル教材です。

具体的には、石川県立ろう学校の教員や保護者から収集した聴覚障害教育に関するニーズをベースに、手話動画、イラスト、よみがなを漢字と同時に提示し、視覚的情報を多用して、聴覚障害児が楽しみながら漢字および手話を学習するプログラム「手話えーもん」を制作しました。よくある既存の漢字データセットのデータベースとしての教材ではなく、ろう学校教員や保護者といった指導者が指導対象となる聴覚障害児のレベルやニーズにあわせて内容をカスタマイズし、手話動画やイラストを挿入してオーダーメイドの漢字学習ドリルを簡単に作成することのできる汎用性の非常に高いプログラムであり、これまでにはないアプリになっていると思います。

この言語学習アプリの開発を基盤として、2015年度に子どもゆめ基金の助成金の交付を受け、「手話うたアプリ」を開発しました。家庭でiPadを使って、障害に関係なく、親子やきょうだい、お友達と一緒にみんなで音楽を楽しむことをめざしたアプリです。

次回は、手話うたやアプリの詳細についてご紹介します。

◆荒木 友希子 (Araki Yukiko)
金沢大学 人間社会研究域人間科学系・子どものこころの発達研究センター  准教授
博士(文学)、臨床心理士、公認心理師


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 ■ 連載:合理的配慮の誤解を解く鍵は「社会モデル」にある
                     第4回 合理的配慮をうまく機能させていくために(最終回)
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このエッセイでは、全4回にわたって、合理的配慮を提供する時、読者のみなさんに絶対におさえておいてほしい考え方として、障害の「社会モデル」を紹介してきました。第3回で述べたように、合理的配慮は、障害者に対する思いやりややさしさ、善意からなされるものではありません。むしろそれは、これまでわたしたちが「あたりまえ」のこととして受け取っていた環境、慣習、ルール等の中にある偏りに気づいた時、それに対しどう対処していくべきかに関わる問題です。合理的配慮は「正しさ」に関わる問題だからこそ、法律の中に書き込まれる必要があったと言えるでしょう。第4回では、障害者差別解消法の基本方針に目を向け、合理的配慮をうまく機能させていくために何が必要なのか見ていきます。

合理的配慮とは、障害者から「社会的障壁の除去を必要としている旨の意思の表明があった場合に」、「負担が過重でない」範囲で、その除去を実施することです(差別解消法第8条2)。基本方針は、その際、障害者ー事業者間の「建設的対話による相互理解を通じて(中略)柔軟に対応」することを求めています(基本方針3(1)イ)。つまり、合理的配慮の目的は社会的障壁(社会が偏って作られていることにより生じているさまざまなバリア)の除去にあります。また、柔軟な対応が求められていることからもわかるように、障害種別ごとにあらかじめ決められた対応をするだけでは、合理的配慮として不十分です。社会的障壁は、それが生じる場面や状況に応じて異なりますので、それらを除去するための合理的配慮も「多様かつ個別性の高いもの」(基本方針3(1)イ)にならざるをえません。それぞれ異なるさまざまな状況に柔軟に対応していくために、障害者の意思を尊重した「建設的対話」が重要になります。

以上を一言でまとめると、「合理的配慮の具体的な方法は、障害者と対話をしながら、障害者の意思を尊重した形で柔軟に決めましょう(それをしないと違法になる可能性があります)」ということです。しかし、残念ながら学校現場では、柔軟な対応が十分にはされていないようです。むしろ、社会的障壁の除去を要望してきた生徒に対し、制度上あるいは医学的な視点から障害者であるかどうかを証明(障害者手帳や医師の診断書の提出など)させることにこだわりがちです。しかし、法律では合理的配慮を受けるために、そうした意味での証明が必要だとは一言も書かれていません。それにもかかわらず、機能障害のあるなしを厳密に求めることは、建設的対話の開始を遅らせ、偏りを放置することにつながります。むしろ、何らかの配慮を提供してみれば、その子が学習内容に十分にアクセスできないでいる理由が、学校の中の偏りにあるのか、そうでないのかはわかります。

対話を開始する前のハードルを高くするのではなく、まずは対話を開始し、トライアル&エラーで対応していくほうが法の趣旨に適っています。さらに、「社会モデル」にもとづいて考えるならば、障害の定義を限定的に捉えようとすることで新たに偏りを生じさせていないか、それにより不利な状況に置かれてしまう生徒がいないかにも注意を払うべきでしょう。

その他にも、社会的障壁の除去が必要だと表明してきた生徒に対し、教員が「もう少しがんばれば、もう少し練習すれば、みんなと同じようにできるようになる」と、引き続きの努力を求めるといったことも起きがちです。これは「建設的対話」とは言えません。もちろん、教員の側からすれば悪気はなく、特定の配慮を提供すること(たとえば、手の代わりにタブレットを使って書くなど)が、手で文字を書くという学習の機会を生徒から奪ってしまうと考えてのことでしょう。しかし、「社会モデル」にもとづいて考えると、「学習とは何か?」をめぐり、教員の側がもっている暗黙の前提がすでに偏っている可能性があります。たとえば、「手で文字を書くこと」が「タブレットで文字を書くこと」よりも望ましい学習方法だという前提からは、「手で文字を書く」という方法では学習内容に十分にアクセスできない生徒の存在が抜け落ちています。そうした生徒もいるという事実を無視して、自分が考える望ましい方法を押し付けるのではなく、どうすれば学習内容にアクセスしやすくなるか、生徒と一緒に考えていく姿勢が求められています。

それにもかかわらず、学校では「教育的指導」の名のもと、教員が個人的に望ましいと考えるあり方を生徒に身につけさせようとする傾向がまだまだ強く働いています。その傾向は、あいさつの仕方(相手の目を見ることや頭をさげる角度)から教室での過ごし方(椅子の座り方や姿勢)や漢字のトメ・ハネ・ハライの書き方など、多岐にわたります。そして、それらが時に合理的配慮の提供を邪魔しています。したがって、合理的配慮をうまく機能させていくためには、教員が考える望ましいあり方が、実は多様な生徒の存在をふまえたものになっていない可能性に注意を払う必要があります。「これまでずっとそのように行われてきたから」とか「自分もそのように教えられてきたから」という理由だけで、いまのやり方やあり方を正当化してしまっている自分に気づき、自らの固定観念をほぐしていくことが、合理的配慮を提供するために必要な柔軟さを作り出していくのです。

◆飯野由里子(Yuriko Iino)
東京大学大学院教育学研究科附属バリアフリー教育開発研究センター、特任助教。博士(比較文化)
主な著作に『合理的配慮-対話を開く、対話が拓く』(有斐閣、2016年、共著)の他、「『思いやり』を超えて-合理的配慮に関わるコンプライアンスの新たな理解」(『現代思想』No. 47-13、2019年)や「『困らせている』社会を変える-障害者差別解消法が求めているもの」(『世界』900、2017年)がある。



■□ あとがき ■□--------------------------
次号は3月12日(金)です。

保護者や施設担当者の相談に専門家がオンラインで対応する「スマイルケア+(プラス)」。残念ながらまだ利用者が少ないので、身近の方にご紹介いただくなど読者の皆さんにご協力いただけるとありがたく存じます。

本メルマガの連載者でもある小玉武志、柳下記子、北出勝也、鴨下賢一の各氏も含む、発達の困りに精通した専門家が、さまざまな困りの相談に対応します。また、認知スタイルに関する著書もある、本田真美・小児神経科専門医(みくりキッズくりにっく院長)がスーパーバイズしており、医療的な質問にも対応しています。

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