篁一誠講演 自閉症の人への支援:生活場面のデザイン

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2014.05.02

篁一誠講演 自閉症の人への支援:生活場面のデザイン

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■ 報告:篁一誠講演 自閉症の人への支援:生活場面のデザイン
■ 連載:聴かせることができなければ、魅せることはできない
■ 書籍:メリットの法則
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■ 報告:篁一誠講演 自閉症の人への支援:生活場面のデザイン・1
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東京都自閉症協会が、自閉症の人への支援*第3回として2014年2月17日に江東区文化センターで行った篁一誠先生の講演会レポートです。

[1] 生活空間の整理
1.変化と不変
「こだわらせているのは周囲」という印象的な言葉で講演は始まりました。自閉症の人は記憶力が優れており、自分のとった行動を記憶しています。さらに予測できないことを嫌うため、同じパターンが3回繰り返されると、安心して行えるパターンとして、それを選択するようになります。例えば、道順や食事など、様々な場面でそれが発生します。それが、こだわりが生まれるメカニズムというのが、40年以上に渡って自閉症の人の生活支援を続けてきた、篁先生の見解です。ですから、大切なことは「順番に教える、が、時にその順番をこわす」ということになります。

2.食事の工夫、トイレットトレーニングの工夫
自閉症の人(子)に対し困ることでもっとも多いのは手づかみで食べることです。小さい時は、食器がうまく使えないので、おにぎりを用意するなど、手づかみで食べることを何度か繰り返すと、このこだわりが発生します。それを避けるには、食卓に座って食べる場合は必ず、食器を使うことにして、それが難しい時は食卓を離れ、床にすわるなどして手で食べるようにすることです。

自閉症の人ばかりでなく、トイレットトレーニングが今の子どもたちに難しくなっているのは紙おむつの使用が原因です。布のおむつの時代は、便が出ると不快になるので、それを避けようとしてトイレを知らせることを覚えます。

もうひとつ、洋式便器の問題があります。大人用の便器に子ども用の便座を載せて使用することが日本では一般的ですが、その方法だと足が浮いた状態
なので、いきむのが難しいのです。長く洋式便器を使っている欧米では、子ども用の便器が用意されていることが多く、それだと子どもも足が床につい
た状態なので、いきむのが用意です。日本で、トイレットトレーニングをするには「おまる」を使うのがよいのです。

3.部屋の模様替え、衣替えへの参加
自閉症の人は「変化を嫌う」と思われていますが、実は「見通しが立たないことが嫌い」なのです。ですから、例えば、部屋の模様替えをする際に、自閉症の人にも手伝ってもらうようにすると、その過程で、自分の記憶に修正が加えられ、一定の見通しが立つことで対応することが可能になります。

6~7月と10~11月の季節の変わり目に、自閉症の人は不安定になります。それは学校の制服の衣替えに代表されるように、外部要因で生活が変わることが納得できないことが原因です。また、室内外の温度差など、親の感覚で服装の変更を強要されることも理解ができません。親と子では、体温の差など、暑い寒いなどの感覚が異なることも多いです。ですから、子ども自身に服装を決めさせると効果を上げることがあります。

[2] 教える環境の整備
1.学ぶ場所の設定、時刻の設定、いつでも・どこでも・誰とでも
昨年11月のメルマガと重複する部分が多かったので、バックナンバーページを紹介することで、代替させていただきます。

13年11月8日号はこちら>>
13年11月22日号はこちら>>

ここで、学習に際しての留意点として大事だと思ったことの一つは、言葉の学習で、「書くこと」「読むこと」「理解すること」を一緒に行うのは難しい、ということです。脳の機能分布から言っても、その3つは異なる部位が担当します。ですから、まずは「書く」から始め、それができるようになってから「読む」「理解する」に一つずつ取り組んでいく、ということです。

もう一つ大事なことは、「ここまでやって終わります」というように、「見通しを持たせる」ということです。

これら2つは、自閉症の人(子)だけでなく、すべての人(子)の学習の場面で留意すべき点だと思います。

※次号は、[3]遊び方の工夫と道具の考え方 [4]家事への参加

(五藤博義)

 

■ 連載:「聞く」と「分かる」の関係
第2回 聴かせることができなければ、魅せることはできない
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私はプレゼンするときには、iPadとKeyNote※1が手放せません。医学研究の発表や市民セミナーといった場面でのプレゼンは、分かりにくい専門用語を伝えたり、聞こえのハンディのある人にも理解してもらえるように、聞きことばだけでは不足する情報を、図表が豊富なスライドでビジュアルに伝える必要があるからです。

※1編者注 iPadやMacで使えるプレゼンテーションソフト

なぜ、iPad で Keynote なのと聞かれることが多々あります。スティーブ・ジョブズかぶれと意地悪く言ってくる人もいます。実際、わたしも数年前までは皆さんと同じようにマイクロソフトオフィスのパワーポイントをつかってプレゼンしていました。パワポはテンプレートも豊富で、初めてのスライド作りでもそつなく仕上がっていきます。でも、それでは何かもの足りないのです。聞かせることはできても「聴いて」もらえない。見せることはできても「魅せる」ことができない。パワポを使ってのスライド作りは、発表が終わるたびにそんな後味の悪さ、不完全燃焼にさいなまされました。

ところが Keynoteと出会い、ジョブズのプレゼンの秘密を少しだけ理解することができてからはそんなフラストレーションから開放されました。今ではスライド作成のソフトウエア稼働率は、97%が Keynoteです。なぜ Keynoteの使用が100%でないかって?それはメールに添付されて送りつけられてきたパワポのファイルがうっかり自動的に開いてしまったのを閉じるために、それくらいはわずらわされるからです。

Keynoteの良さを挙げればきりがありません。まず、iCloud。このドラえもんの「どこでもドア」みたいな機能によって、スライド作成をいつでもどこでもすることができるようになりました。二番目は操作できる端末の自由度。iPhoneでもiMacでもiPadでも同じように操作できることです。不意の場面であってもスライドプレゼンできるのは本当に助かります。使い慣れたiPhoneからリモートでスライドをめくりながら、手元のノートを見ながら伝え漏れのないようにプレゼンできる。見せるものと聞かせることをしっかり区別できるツールとなっていることが、Keynoteのアドバンテージだと思います。

見せるものと聞かせることをしっかり区別すること、つまり視覚と聴覚それぞれのモダリティの特性を理解し、それぞれにモダリティに対して同時に最大級のメッセージを届けることはプレゼンの基本です。それができたときに初めて、完成されたプレゼンと言えるのです。ではなぜ、2つのモダリティそれぞれを同時に、しかもそれぞれ異なる様式の情報として相手に伝えなければ成功したと言えないのでしょうか? ここで少しだけ、視覚と聴覚に関する生理学をいっしょに整理していきましょう。

視覚によって情報を得るためには、「見た」では不十分なことは皆さんもよくご存じのはずです。「視る」「観る」「診る」ことで初めて、理解と認知
が得られ、情報は正しくカテゴリー化され記憶されます。見た後のプロセスによって「ミル」という行為の質はいかようにも変化するといえるでしょう。
脳科学の研究によって「視覚→体性感覚・運動覚」「視覚→聴覚」という2つの情報処理経路の存在が明らかになりました。視覚がそれ自身単独で視覚的認知を生み出しているわけではないということがわかったのです。見ているだけのようでも、その時、脳の中では目の前の対象物に手を伸ばしそれが「どこ(where)」にあり「なに(what)」であるかをシミュレーションしているのです。視覚と身体感覚、視覚と言語※2という連携において、視覚認知というプロセスがもっとも機能することが分かったのです。

※2 著者注 ここでいう言語とは、すでに学習によって獲得されて、活用可能な処理資源としての意味的言語記憶のことです。

それでは聴覚はと言いますと、聴覚は「どんな(how)」と「いつ(when)」という情報を処理するのための装置として機能しているようなのです。耳から相手に訴えるべき情報は、テクスチャ※3やメタファー※4、あるいは手順や時間ということになります。そう脳科学に言われると私は少しばかり反論したい気分になります。耳から伝わるのは、気分や空気? 説明書見るよりもことばで説明する方がいいの? というような疑問です。

※3 編者注 物の(表面の)質感・手触りなどを指す概念 wikiはこちら>>
※4 編者注 隠喩(いんゆ)、暗喩(あんゆ)。比喩の一種でありながら、比喩であることを明示する形式ではないもの wikiはこちら>>

しかし、音声の持つ力がいちばん発揮されるのは、音楽や歌や演説であるという歴然とした事実。脳科学がとりはらった覆いの下には当たり前の事実しかありませんでした。

五感を刺激する。異なる複数の感覚モダリティを同時に刺激するとき、ヒトはもっとも強烈な記憶を形成します。文字のなかった時代には、裁判は幼子を同席させました。その子どもに判決が出るまでの一部始終を見せ、判決が出たその時に、その子を池なり川なりに投げ込んだといいます。そうすることでその子は、判決の一部始終と結果と自身の身に起こったトラブルを生涯忘れることはなく、生き証人になったといいます。PTSDという心の傷が癒えない理由は、同じようにその刺激があまりの強烈だからなのです。現代においても我々はそうした記憶の獲得には余念がありません。結婚式におけるおいしいご馳走、すてきな音楽、きれいな花や香り、そして何よりもきらびやかな衣装の花嫁。五感を刺激する式であるからこそ皆が覚え、なにかの時に助け合うきっかけを記憶させるのでしょう。広告業界にいたっては、視覚と聴覚に訴えることのできるテレビという主戦場で顧客の記憶の獲得競争をしています。

閑話休題。

聴かせて伝えることは、いつも「How」と「When」の2つに重きを置くべきです。観せることで知らせるのは「where」と「what」の2つ。

脳にインプットされた感覚情報を記憶として定着させるために我々は、異なるモダリティの間における類似性とか相似性なる要素を可能な限り排除し、しかし最大限にそれを同時に提示することがもっとも重要なのです。

プレゼンをするときには、視覚へ訴える情報と聴覚へ訴える情報のバランスやそこに盛り込む情報を整理できなければ、せっかくのあなたのすばらしい話でも聴かせることもできないし、魅せることなど叶いはしないのです。

(中川雅文・国際医療福祉大学教授、同大学病院耳鼻科部長)

 

■ 書籍:メリットの法則 行動分析学・実践編
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この本のテーマは「行動分析学」。
“発達障害”に関わる人たちの中では「応用行動分析」という言葉だったり「ABA」という横文字のほうがなじみ深いかもしれません。

何か療育ポリシーのように語られてしまうことも多いですが、れっきとした学問の一分野。発達障害の有無にかかわらず、私たち人間すべてに当てはまる(もしかしたら動物も)行動の法則です。

たとえば、授業中にペン回しをしている子どもがいるとします。彼はそれによって、「注目」されたいと思っています。

ここで先生が「やめなさい!」と注意をするのは「注目」されたい本人にとっては願ったりかなったり。
彼はいくら注意されても、この先もペンを回し続けるでしょう。

これは本書に載っていた「注目」についての一例ですが、「注目」以外にも3つ、行動の「機能」とされるものがあります。

詳しくは書中の記述に譲りますが、その子の行動がいったいどのような目的(機能)を求めて起きているのか、それが辞めて欲しい行動の場合、本人にどのようなフィードバックをかけるのが妥当なのか、ということが豊富な例を元に解説されています。

応用行動分析に関係する本はいろいろと出版されていますが、こちらの本は専門的な記述も十分な上に比較的語り口がわかりやすいのでおススメです。

もう少し「育児書」的な内容になっている
『叱りゼロで「自分からやる子」に育てる本』(詳細はこちら>>)も併せて読みたい本ですが、個人的には「行動分析学」をかじってから読んだ方がいろいろと理解しやすいように思います。

テレビに出たり、講演に忙しかったりしている奥田先生のぶっちゃけトークがちりばめられたあとがきも必読です。

(小林雅子)

メリットの法則 行動分析学・実践編
奥田健次著、2012年11月発行、集英社新書、222ページ、740円(税別)
★詳細はこちら>>
↑編者注 動画は必見。また、かなりの分量が試し読みできます。

 

■ あとがき
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明日からゴールデンウィーク最後の四連休。新入学した子どもたちには英気を養って、学校生活にチャレンジしてほしいと思います。

次回メルマガは、5月16日(金)刊行の予定です。

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