しゃべりたいと思う言葉

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2012.11.09

しゃべりたいと思う言葉

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■ 連載:自閉症のトムくんの成長物語・14『しゃべりたいと思う言葉』
■ グッズレビュー:5本指ソックス
■ あとがき
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■ 連載:自閉症のトムくんの成長物語・14
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『トムくんがしゃべりたいと思う言葉』 2012年5月

半年ぶりに会うトムくんは、まるで別人になったように成長していました。

何がどのように進歩していたのかというと、ひとつは、『意味のある一連の流れを再現することが上手になった』ことです。『発表会ごっこ』のような、「出てきて、あいさつをして、楽器を演奏して、あいさつして、退場する」といった遊びを得意満面の表情で、最初から最後までやり遂げることができました。また、相手に言葉で何か伝えたいという気持ちが非常に高まっていることを感じました。

わたしが、トムくんが言いたいことがある時の手の動きなどに気づいて、言いたいことを代弁すると、満面の笑みを浮かべながら何度も復唱しました。その後は、近づくたびに、「しゃべりたいです」という意志表示をするように手でサインを出して、口を少しすぼめて懸命に言葉を発しようとする素振りをしていました。

もうひとつびっくりするような変化は「見立て」が上手になってきたことです。ピクニックごっこや理科遊びでの偽物ジュース作りを楽しみました。

自発性が高まっていて、妹さんのすることは何でもチャレンジしたがります。物作りも完成するまで気持ちが持続できるようになってきました。

お母さんのyoshikoさんは何度か、「不思議~。奈緒美先生が来てから、トムは自分の言いたいことが伝わらないというパニックを全然起こさない。ここのところずっとそれが続いていて、こちらも代弁した後のトムの様子を見て、あっ、言いたかったことと違ったんだ~ということは分かるんだけど、でもだったらどう言えばよかったのか分からないんですよ」とおっしゃいました。

自分の意志や感情を素直に表出するようになってきたトムくんの言いたいことは、わたしの目には手に取るように分かりやすいものになっていました。

とはいえ、yoshikoさんが「分からない」と困惑していらっしゃるのももっともなことと思えましたし、周囲の人がトムくんにパニックを起こさせてしまうような代弁をしてしまう理由についても思い当たることがありました。

トムくんは言葉に関して非常に敏感になっているようで、その場での自分の思いと違う言葉を返されると、オウム返しはせずに押し黙っているか、パニックを起こすかのどちらかです。自分が言いたかった言葉を代弁してもらうと、笑い声をあげながら何度も復唱するのです。

特に、「それ、それが言いたかったんだ~」という気持ちに重なる言葉の時は、周囲の誰もが「あっ、トムくん、それが言いたかったんだ」と分かるほどのはしゃぎようで大きな声で感情を交えるようにして言葉を模倣します。

トムくんはまだ自分から自発的に言葉を使うことはほとんどありません。それができるようになるためには、「しゃべりたい」という思いと、それにぴったり重なる言葉をたくさん聞いて、模倣して蓄積する必要があることは明らかです。とにかく正しいフィードバックが大切な時期なのです。

そこで、シーンごとに、わたしが状況やトムくんの身体表現のどのような要素を手掛かりに言いたい言葉を推理したのか細かく説明するようにしました。

滞在2日目の夕食での出来事です。
ちょうどyoshikoさんとわたしの共通の知人と、2年生になるその方の娘さんもいっしょに食卓を囲んでいました。トムくんの妹のジェリーちゃんの前には、ほぼ手つかずのままのうどんが置かれていました。

yoshikoさんに食べるようにうながされると、ジェリーちゃんは身体をくねらせながら「だって~だって~」と言うものの、なぜ食べないのかという理由の部分には触れようとしませんでした。yoshikoさんの話では、野菜がたっぷり乗っているのを嫌がっているようです。

年長さんのジェリーちゃんは、「野菜が乗っているから食べたくない」と直球でいくのはまずいと思っているらしく「お~な~か~がいっぱいで食べられない~」と同情を引くように言って、この難を逃れる作戦に出ていました。

トムくんは落ち着いた様子でうどんを箸ですくいながら、ジェリーちゃんのお椀の中身の量と内容をチラチラ確認していました。

食事時のトムくんの態度は滞在中ずっと、妹のジェリーちゃんのお椀の中身の減り具合と相対していました。ジェリーちゃんの箸の進みが速い時のトムくんは、おかわりできる残量が気になってソワソワし始めて、まだ自分のお椀に大方残っていても、おかわりをし始めるか、かき込むようにガツガツ食べだすのです。

またジェリーちゃんと張りあう気持ちや、同時に終わらせたいという気持ちが芽生えていて、無理矢理にでも同じ食べ物を「いっしょに食べ終わった」というところに持って行きたいのが、見え見えでした。

「トムくんの野菜は……?」と思いながら、トムくんのうどんが入ったお椀を見ていると、休日は食事作りを担当しておられるご主人が、「混ざっていると食べにくいようなんで先に分けてるんですよ」とキッチンごしにおっしゃいました。トムくんは麺を鼻を超えるほど高い位置までのばしてから、ニッと頬を緩ませて、口の方を麺に近付けるようにして食べていました。

わたしがトムくんの食べっぷりを見ていることに気づくと、左ききなもんですから、空いている右手で影絵をする時のきつね(耳のない)のような形を作って、それをパクパクさせて、何か言いたそうな素振りをしました。

わたしが、「トムくん、うどん、だけ、だね。うどん、だけ。うどん、だけだねぇ」と「だけ」を強調するようにして言うと、トムくんのなかで何かがカーンと響いたようなそれはうれしそうな表情をして、「うどん、だけ。うどん、だけだねぇ!」と繰り返しました。

それを繰り返していた時のトムくんは誰の目からみても「それが言いたかったんだ!」「もっとしゃべりたい!」という気持ちで溢れんばかりになっているのが分かりました。

わたしはyoshikoさんに、このシーンを次のように説明しました。「トムくんのなかから、伝えたい、言いたいという衝動が突きあげてくるような内容って、絵カードなどで、これはうどんです、とか、おかわりしてもいいですか?、と習うような内容と違うように見えるんですよ。もっと細かいというか、もっとトムくんの個性やこだわりや生活に依っているというか……。まだ基本的な言葉を覚えていないから、まずは簡単なものが使えるように配慮して……と思うでしょうし、これはわたし流の捉え方で何らか正しい根拠があって言ってるわけでもないのですが、トムくんにとって、これはうどんです、これは何ですか?といった言葉を教わることは、『くだもの』とか『ねこ』といった言葉を習うのに似ているように思うんですよ。

わたしはふだん、高機能自閉症やアスペルガー症候群の子どもたちとよくしゃべる機会があるのですが、それは流暢にペラペラおしゃべりする子であっても、バナナやいちごやパイナップルや『○○堂の缶詰みかん』は分かるけれど、『くだもの』には引っかかる、シャムねこやペルシャねこは簡単だけど、『ねこ』は難しいといったところがあるのです。もちろん、子どもによってその度合いはまちまちですが……」

すると、お客としていらしていたAさんが、「それは抽象度が高くなるからでしょうね」といったことをおっしゃいました。

わたしは続けて、こんな風に答えました。
「トムくんはさっきも床の小さなキズに、目をスレスレまで近付けるようにして見ていたんです。トムくんとわたしたちが同じものを見ていても、見え方や印象が全く違うかもしれないんですよね。」

誰かがひとさし指を下に向けて、『ゆか』とトムくんに教えたとしても、指を指している動作が何を意味しているか、それが分かったとして、どこからどこまでを指しているのか、それも漠然と分かったとしても、拾い上げる特徴は色なのか、形なのか、素材なのか、分からないことの方が多いんじゃないかと思うんですよ。

そんな風に個々の物の見え方そのものが異なるのに、あっちでもこっちでも使えそうな基本的な会話文を教えたとしても、『こっちの状況とあっちの状況は似ている場面だから、この言葉を使えばいいんだな』とはなりにくいですよね。

似ていると思っているのは、わたしたちの見方で、それらを比べて共通項があると感じているだけなんですから。

わたしたちには、耳がピンと立った猫も耳がへしゃげた猫も何の抵抗も感じずに同じように『ねこ』と呼んで、易しい概念だと了解していますが、見る時に耳の違いにだけ注意を向けている子がいた場合、むしろ、耳のへしゃげた猫と耳のへしゃげた犬と耳のへしゃげたモルモットなんかの方が同じくくりにあるんじゃないかと感じてもおかしくないんです。

もっとも同じ種類でくくること自体に興味がなくて、1対1で物と言葉が対応していくことからなかなか出られない子もいるはずなんですよ。

ですから、他では使いにくそうな一般的でない言葉でも、この場面にこの言葉、この状況にこの言葉という固定した個別の会話を教えることから出発した方が、トムくんが自発的にしゃべりやすくなるんじゃないでしょうか。

それとトムくんはしゃべれる言葉こそ少ないですが、かなり繊細な違いまで見分けているし理解しているんです。場面ごとのトムくんの言いたいことは、それに応じて大人が教えようと考える言葉より複雑なはずです」
(未来奈緒美)

未来さんのブログ:虹色教室通信はこちら>> 

編者注)
発達障害の子(人)が見えている風景と、普通の人が見えている風景が異なる、という考え方は、S.グリーンスパン博士のDIR/フロアタイムに根拠を求めることができます。発達障害の子どもと一緒に床(フロア)に座って、15分間はとにかく子どもがやろうとしていることを子どもの立場から見てみる(考えてみる)ことで、普通の人とは違う風景や嗜好、感覚が分かる。その上で、その子に適した環境や対応の仕方を考えようという療育の手法です。

参考:【レデックス通信】第36号 

 

■ グッズレビュー:5本指ソックス
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5本指ソックスと聞いて、これまで思っていたのは外反母趾(がいはんぼし)の予防くらいでした。この投稿を読んで、5本指ソックスの有用性と同時に子どもに靴下をはかせることの難しさについても学ぶことができました。

単なる5本指というだけでなく、yoshikoさん推奨のこのソックスならではなのかもしれません。このソックスの効果で、トムくんやジェリーちゃんがソックスを自分ではけるようになり、また、歩く際に踏ん張りがきいたり、姿勢よく歩けるようになっていったのでしょう。

子どものグッズ選択も親の愛のひとつなんだな、と考えさせられたレビューでした。デザインもかわいいし、ご自分のお子様だけでなく、友達やお世話になった方へのプレゼントとしても好適かな、思いました。

ヴァラエティカフェ・グッズレビューはこちら>> 
レヴュアー:yoshiko

 

■ あとがき
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10月29日に日野・発達障害を考える会「スキッパー」主催のカニングハム・久子先生の講演に大変感銘を受けました。日本ではまだあまり対処法が知られていない学習障害について、視覚統合障害の4タイプ、聴覚統合障害の3タイプなどを解説してくださいました。今回のメルマガは、未来さんが力のこもった原稿を寄せていただいたので、カニングハム先生の講演報告は、次号で掲載させていただくことにしました。

11月19日から今年最後の講演旅行で福岡、広島、大阪と回ります。
東京では12月16日に、ふぁみえーるさん主催の講演会があります。
(12/16講演会の詳細はこちら>>

メルマガの次回発行日は、3週間先の11月30日(金)の予定です。

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