■ 連載:読み書きや集団参加の困難さを支えるために~LD通級指導教室の効果的な運用を考える
■□ コラム:映画『もしも脳梗塞になったなら』
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■ 連載:教育あるある話~元小学校教員の大学教授がつぶやく現場の話~第3回 読み書きや集団参加の困難さを支えるために・1
~LD通級指導教室の効果的な運用を考える~
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1 はじめに
通常学級に在籍している児童生徒の中には、学習面や生活行動面においてなんらかの支援ニーズを有している者が少なくない。それらの児童生徒に対してLD通級指導教室における支援がなされることがある。
本稿では本教室の教育課程と指導事例から、読み書きや集団参加に困難さが見られた児童への関わりを検討したい。その上で、通級教室を効果的に運用するための工夫やその難しさを通して、通級指導教室の目的について考えをまとめたい。
2 本教室の教育課程
(1)教育課程の4項目
個別の教育課程を検討する際には個のニーズを捉えそれに応じた目標設定と教材選択が必要となる。本教室では、児童が持ちやすい困難さを以下の4つ※に区分し、指導計画上の目標項目を選択し、使用教材や指導方法の方向付けをしている。
※本教室の教育課程
ア 視知覚・聴知覚
教科書を読んだり、指示を聞いて理解したりと、情報の入力段階で困難さのある児童に対して、視覚機能トレーニングや聴覚理解を高める学習を行う。
イ 動きの巧みさ
手指の微細な動きや体全体の動きの不器用さがある児童に対して、様々な感覚刺激を介した運動の場を設定したり、感覚の特異性を整えるツールを試したりする。
ウ 社会性・情緒の安定
他者との関わりが円滑にいかず不全感を得ていたり、偏った考え方があったりする児童に対して、小集団でのソーシャルスキルトレーニングをしたり、固い思い込みを整理して緩める指導を行ったりする。
エ 教科的な補充
教科学習で見られる困難さについて、認知の特徴に基づいた具体的な支援のあり方を検討する。また、教材文を事前に読むことなどを通して、意欲的に在籍教室での学習参加ができるように支える。
(2)教育課程編成の基本的な考え方
目標を設定する際には、児童の苦手な認知や未成熟な機能を使うことで向上をめざすボトムアップの視点と、強みを生かし伸ばすことで全体的な底上げを図るトップダウンの視点が必要であり、指導につれてボトムアップ支援からトップダウン支援に切り替えることが求められる。
児童に応じてそのタイミングは異なるが概ね低中学年まではボトムアップ支援を中心として機能向上を図り、学年が上がるにつれて強みを生かしたり、必要なツールの活用に習熟させたりするトップダウン支援の比重が大きくなることが適切であると考えている。
3 指導事例
※児童が特定できぬよう内容は加筆修正している
(1)ひらがな・片仮名書字の困難な事例
ア アセスメント
・中学年男児
・知的発達は境界域
・注意欠如多動症 学習症
・空間認知とワーキングメモリが弱い *WISC-IV
・音韻処理の困難さ
・語彙量は年齢相応ある *奥村智人ほか.CARD包括的領域別読み検査,スプリングス
・平仮名書字は長音拗音など特殊音節で8割の誤り
イ 指導計画
週に1時間の個別指導
(ア)平仮名特殊音節書字スキルの向上
・積み木配列法で行う
・長音→拗音→促音の順で指導する
音韻操作課題を設定する
(イ)片仮名書字スキルの向上
・多感覚を活用した指導を行う
・単語や平易な文章の片仮名変換課題を設定する
ウ 指導の実際
(ア)平仮名書字の誤り分析*から、本児は「長音」「促音」「拗長音」「拗促音」の定着不良が確認された。これらの特殊音節は、日本語特有の「一文字一音」の原則が当てはまらないことで習得に時間がかかることが多い。多くは平素の学習における繰り返しで誤りに気付き正しい綴りを習得していくが、本児においては困難さが維持されたままであった。
*村井敏宏.平仮名単語聴写検査「読み書きの苦手な子どもへのつまずき支援ワーク」,明治図書
本児はワーキングメモリが弱く、手順が入りにくい特徴を有していることから、具体的なステップと視覚的な提示を併用できる「積み木を活用した配置」※を学習ステップに位置づけた。
※積み木を活用した配置
学習は以下のような手順で行った。
(1)提示された図版を読む
(2)積み木を配列し、読みを再現する
(3)積み木を指差しながら読む
(4)書字をする
特殊音節書字の困難さがない児童は(2)(3)の処理を念頭操作で行っていると考えられる。ワーキングメモリの弱い児童の中にはこの処理でつまずいている例があるため、視覚的に確認できる積み木活用が有効なことが多い。
本児に対しては、まずは「長音」への指導を、続けて「拗長音」その後「促音」、「拗促音」とステップを踏んで実施した。
(イ)片仮名書字は事前評価*で20%であった。
本児は語彙について年齢相応の定着が見られることから、単語や文中での活用から片仮名変換させることで、定着を高めることができると考えた。
*宇野彰ほか.読み書きスクリーニング検査.インテルナ出版
手順として、片仮名混じり文を全て平仮名にしたワークシートを提示し、片仮名表記が必要な語を囲み、横に片仮名で書字をすることとした。また、ワークシートは鉛筆書字に加え、拡大して黒板に貼りマーカーで記入したり、ポスターサイズにして毛筆で書字をしたりするなど意欲を落とさぬよう配慮した。
エ 評価
指導4ヶ月(個別指導10単位時間)での評価
(ア)平仮名特殊音節書字については長音と拗長音において改善が見られた※。今後は促音についての指導に重点を置く必要がある。
※平仮名特殊音節書字正答率の変化
(イ)片仮名書字については同検査で60%の正答率となった。今後も在籍教室による添削及び通級指導におけるフォローアップをし、平素の活用による定着を図ることを担任と確認している。
(2)漢字記憶の困難事例
ア アセスメント
・高学年女児
・注意欠如・多動症 アトモキセチン服用
・知的発達水準は平均値だが、言語理解<知覚推理で処理速度の低下が見られる。
・視知覚処理能力の低下* 特に「類同(形態的な特徴をとらえ分類する能力)」の弱さが推察された。
*奥村智人ほか.WAVES広範囲視覚機能アセスメント.学研
イ 指導計画
週に1時間の個別指導
(ア)漢字の構成の把握スキルの向上
・漢字配列表により、パーツ構成を理解する
・部首の知識を高める
(イ)視知覚認知の向上
・空間認知ドリルやパズルの活用
ウ 指導の実際
(ア)文字を認知する能力にはいくつかの要素と段階がある。
(1)止め はね はらいなど画の形態的認知
※学習の様子・1
(2)部首による構成的認知
※学習の様子・2
(3)用法による意味的認知
これらの認知が高まることでより多くの漢字が蓄積されていくが、児童によってはこの前段階である「ロゴ文字段階」にあることで、関連した漢字を効率よく覚えることが難しいことがある。ロゴ文字段階にある児童は漢字が文字でなく絵として見えることがあり、一つ一つを覚えるために大変な苦労をすることがある。
視知覚認知が弱い本児においては、ロゴ文字段階の影響が予測されたため、漢字が部首でできていること、それらの部首の組み合わせの配列はいくつかのパターン※があることを取り上げるようにした。新出漢字について、部首を手掛かりにパーツ区切り線を記入し、どの配置パターンかをドリルに書き込むようにした。部首名についても、学年ごとにまとめたシート*を活用して記憶を積み上げていった。
*村井敏宏.読み書きが苦手な子どもへの漢字支援ワーク.明治図書
※漢字配列10パターン
また、部首を組み合わせる漢字カルタ*を活用し、対戦しながら手持ちの部首で漢字を作る学習を行った。自身が組み合わせた漢字が実在しているかどうか自信がないときには、タブレットの辞書アプリ*を使って調べるようにした。
*漢字博士入門編.奥野かるた店
*常用漢字筆順辞典.NOWPRODUCTION
(イ)視知覚認知を高める学習
図形の構成要素をとらえ組み合わせたり、分類したりする能力を高めるために、パズル教材*やプリント教材*を活用した。
*ナインキューブ.TAKARA
*奥村智人ほか.KNOCKKNOCKドリルシリーズ.アットスクール
エ 評価
指導7ヶ月(個別指導17単位時間)での評価
漢字部首については6年生段階まで記憶した。
新出漢字の配列確認は自力でできる。
2学期末の漢字まとめテストにおいて、初回テストは2割正答、2回目テストは8割正答した。
在籍学級においても、漢字配列カードを活用した指導がなされていることで、より意識づけがなされている。本児も、自分にとって覚えやすい方法として「パーツ配列法」※を挙げるなど能動的に学んでいる。
※パーツ配列法
※検査名は、*で示した。開発者名,製品名,出版社名の順に記載。
(続く)
◆増本利信(ますもと・としのぶ)
九州ルーテル学院大学大学院人文学研究科教授/学長補佐
日本LD学会常任理事/特別支援教育士資格認定協会理事
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■ コラム:本や映画の当事者たち(17)映画『もしも脳梗塞になったなら』
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タイトルからもわかるように、いわゆる障害や病気などの当事者といわれる人たちが描かれている本や映画、DVDなどを紹介します。
今回は、『もしも脳梗塞になったなら』について書こうと思います。
脳梗塞の闘病生活と人生をリアルかつおもしろく描いた作品
脳梗塞になった人は多いと思いますが、患者とその家族以外にはその症状はあまり知られていないのが現状です。この映画は、そんな脳梗塞を体験した太田隆文監督が、「僕の闘病生活が誰かの役に立てば」と、自身の経験を映画化した作品です。
太田監督は17年間休まず映画作りに人生をかけ、脳梗塞となり、心臓機能も危険値でした。その結果、両目とも半分失明してしまいました。
最初は絶望の日々、検査、治療、入院、手術、リハビリの様子が、リアルに再現されています。闘病中の的外れな助言や嫌がらせなども多く、病人を踏みつける人たちもいました。
太田監督は、1961年、和歌山県生まれ。ロサンゼルスの南カリフォルニア大学(USC)映画科で学び、帰国後、2003年、大林宣彦監督の映画『理由』でメイキングを担当。以後、大林監督に師事し、2006年、故郷・和歌山を舞台にした映画『ストロベリーフィールズ』で映画監督デビューしています。その後、地方を舞台にした青春映画を発表。『青い青い空』(2010)、山本太郎出演の『朝日のあたる家』(2013)、常盤貴子主演『向日葵の丘1983年・夏』(2015)、鈴木杏主演『明日にかける橋 1989年の想い出』(2019)の脚本、監督を担当と、その活躍には枚挙にいとまがありません。
2023年に脳梗塞を発症。再起不能と思われたが、復帰しました。
この作品は、1人暮らしの映画監督・大滝隆太郎を通して、太田監督の体験をリアルな物語にしています。キャストもみなすばらしく、特に監督を演じた窪塚俊介の芝居が秀逸です。
主人公の大滝隆太郎は、突然脳梗塞を発症。目がよく見えない。言葉もうまく出ません。心臓機能は20%まで低下してしまいました。友人に電話しても「お前が病気?笑わせるなよー」と言われ、SNSに闘病状況を書いても、的外れな助言や誹謗中傷ばかり……。
重い病なのに、本人には悲劇ですが周囲の人たちには喜劇となる状況をおもしろおかしく描きながらも、思いもかけない味方が現れ、また母親との愛情あふれる絆も描き大きな感動を与えます。病気と医療を笑いと涙で描く社会派現代劇は、他にはあまり見当たらないでしょう。この映画を観ると、脳梗塞患者の家族や友人はどうすべきかがわかります。そして気づいた大切なこと、是非この映画を観て確認してみてください。きっとラストの監督の言葉は、胸を打つでしょう。
人はどんな仕事も一人ではこなせない、自立した生活も健康あってこそ。そして周囲の人にヘルプを求める大切さ。そんなふだん気づけないことを感じた作品です。
【キャスト】
窪塚俊介 藤井武美
水津亜子 久場寿幸 冨田佳輔 並樹史朗 酒井康行 嵯峨崇司 仁科貴 安部智凛
奈佐健臣 川淳平 杉山久美子 田辺愛美 飯島大介 三輪和音 新宮里奈 宮本弘佑 鯛中蓮都
藤田朋子 田中美里 佐野史郎
製作:鯛中淳
プロデューサー:太田隆文 ラインプロデューサー:小林良二 撮影監督:三本木久城
Bカメ:佐藤遊 録音:西山秀明 助監督:植田中 制作担当:江尻健司 衣裳:藤田賢美
ヘアメイク:道地智代 スチール:千葉朋昭 編集:三本木久城
提供:シンクアンドウィル 制作:青空映画舎 配給:渋谷プロダクション
監督・脚本:太田隆文
2025/日本語/ステレオ/アメリカンビスタ/102min
(c)シンクアンドウィル 青空映画舎
公式サイト
◆はら さちこ
ライター。
編集制作会社にて、書籍や雑誌の制作に携わり、以降フリーランスの編集・ライターとして活動。障害全般、教育福祉分野にかかわる執筆や編集を行う。障害にかかわる本の書評や映画評なども書いている。
主な編著書に、『ADHD、アスペルガー症候群、LDかな?と思ったら…』、『ADHD・アスペ系ママ へんちゃんのポジティブライフ』、『専門キャリアカウンセラーが教える これからの発達障害者「雇用」』、『自閉症スペクトラムの子を育てる家族を理解する 母親・父親・きょうだいの声からわかること』『発達障害のおはなしシリーズ』、『10代からのSDGs-いま、わたしたちにできること』などがある。
■□ あとがき ■□--------------------------



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