NICUの環境を考える―赤ちゃん達だけでなく働くスタッフのために―

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2023.01.27

NICUの環境を考える―赤ちゃん達だけでなく働くスタッフのために―

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■  連載:NICUの環境を考える―赤ちゃん達だけでなく働くスタッフのために―
■□ 連載:重症度と教育困難性と教師のバーンアウトの問題
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■ 連載:NICUの赤ちゃん達の現在と未来
               第2回 NICUの環境を考える―赤ちゃん達だけでなく働くスタッフのために―
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第1回「NICUってどんなところ?」では、当院NICUを紹介しました。また、TVの報道番組を見ていただいた方は当院NICUのコンセプトやその外観について、おわかりいただけたかと思います。
第2回ではNICUのコンセプトについて、もう少し掘り下げてご紹介したいと思います。

※当院NICUを紹介したYouTube動画

 
1.ピンチをチャンスに変える
当院NICUは1978年に25床で開設されましたが、患者数増加に対応するため2008年に一部改修して30床に、2013年には全面改築して35床(NICU15床、GCU20床)まで増床しました。NICUはベッドあたりの最低面積が規定されていますが、最近では1床あたりの面積をなるべく広くとるように設計されるようになってきました。当院は面積に余裕をもって作られたNICUでしたが、改築後は同じ面積で40%増床となるため、1床あたりの面積が規定面積よりも数cm幅しか余裕がない、ギリギリの設計になってしまうため、何らかの工夫を凝らす必要があると考えました。
増床によって狭くなってしまう・・それを緩和するためには、狭くなっても、狭いと感じなければいいのでは?と発想の転換を図ることにしました。「ピンチをチャンスに変える!」ため、独学で錯覚心理学、色彩心理学、照明学、病院建築などを学んで改築に応用することにしました。

天井や壁をライティングする間接照明を使えば、空間に拡がりを感じられるようになります。照明が織りなす影もうまく利用すれば、広がりに加えて癒し感を醸し出すこともできます。そこで、光と影、空間をうまく演出してもらえる照明デザイナーを探しました。照明デザイナーが執筆した書籍を買い求め、学会出張したときには各地でいろいろな建造物を見て回り、インターネットでいろいろな照明デザイナーのホームページも検索しました。そこで、自分のコンセプトを実現してくれるのはLIGHTDESIGNの東海林弘靖さんと考えて、直接コンタクトを取って改築にご協力いただきました。

※写真1 王立英国建築家協会のロイヤルゴールドメダル賞を受賞した各務原市の「瞑想の森 市営斎場」(LIGHTDESIGN HPより)

2.赤ちゃんを観察するために重要な演色性
いろいろ学んでいく中で、赤ちゃんを観察するために、また、赤ちゃんにとって心地よい環境を作るためにも照明がとても大切!ということに気づきました。白い壁を赤いライトで照らせば、白い壁であっても赤く見えます。物体に光が当たって反射した光を私達は色として認識します。従って、照明の光の質が悪いと、赤ちゃんが本来とは異なる色に見えてしまいます。

光源が色の見え方に及ぼす性質を演色性と定義されますが、演色性とはその照明が太陽光にどれくらい近いか、太陽光と比較した時の色の再現性と考えるとわかりやすいと思います。太陽光を100として、R1-R8までの色に対するライトの演色性の平均値を平均演色評価数(Ra)、R9-R15の色に対する演色性は特殊演色評価数と呼ばれます。Ra61のライトとRa85のライトでは同じ色鉛筆でも色調や鮮やかさが全く異なります。

※写真2 演色性とは・・・色の再現性
※写真3 演色性の違うライトで照らすと色鉛筆が違った色に見えます(Panasonic HPより)

新生児は皮膚が薄く、赤血球も濃いため赤く見えることから、「赤ちゃん」と呼ばれるようになりました。海外にはない発想で、素晴らしいネーミングだと思います。それに対して、新生児仮死など循環状態が悪化したり、重篤な感染症に罹患すると、皮膚の末梢血管が収縮するため、赤味が消えて皮膚色が白っぽくなる「白ちゃん」になってしまいます。

新生児の微妙な皮膚色の変化を見つけることが、病気の早期発見・早期治療に結びつくこともよくあります。赤ちゃんの状態を把握するためには、皮膚色を正確に評価することがとても重要です。演色評価数の中でR9は赤色の再現性を示しますが、赤ちゃんの皮膚色を正確に見極めるためには、RaだけでなくR9も高い照明を使う必要があります。改築前のNICUでは通常の蛍光灯を使っていましたが、改築にあたって建造した仮設のNICUでは高演色性の蛍光灯を、改築後には高演色性の特注LEDを設置しました。照明を変えたことで、赤ちゃんの皮膚色をより正確に評価できるようになりました

※写真4 改築前の旧病棟、仮設のNICU、改築後のNICUの演色性の比較

※写真5 演色性の異なるライトで照らすと赤ちゃんの皮膚色はかなり違って見えます

3.照度に合った色温度で心地よい光を演出する
NICUの照明を考える時には演色性に加えて、照明の色調についても考える必要がありました。以前の街中は白い蛍光灯で満ちていましたが、最近、街の照明の色が急速に変化していることに気づいていますか? 当院から見た名古屋の夜の町並みを見ても、随分、オレンジ系の光が増えてきました。この変化を、理論的にも説明できますのでご紹介しましょう。

※写真6 名古屋第二病院から見た夜景 (色温度の低い照明が増えてきました)
仮想の黒色体を熱していくと、温度が上がるにつれて、色がだんだん変化していきます。その温度と光の色の関係性を色温度といい、ケルビン(K)という単位で表記されます。ろうそくの炎は1,900度=1,900K、オレンジっぽい色(電球色)となります。白色系の照明はおよそ5,000K(昼白色)から6,500K(昼光色)と定義されています。ここで、なぜ色温度から説明したのか?といえば、それは、人が心地よい光と感じるためには、明るさ(照度)と色温度の両方に配慮する必要があるからです。

※写真7 ◆色温度とは・・・温度と光の色調の関係性
照度と色温度の関係性の中で心地よいと感じられる範囲を図示しましたが、私達は明るいところでは色温度が高く、暗くなるにつれて色温度が低い光を心地よいと感じます(クルーゾフ効果)。

明るさを示す照度の単位はルクス(lx)で表示されます。晴天の運動場は10万lxもありますが、明るいところでは白い雲、青い空が心地よいと感じられます。一方、晴天の運動場でろうそくの炎を見ても心地よいとは感じられません。逆に、夕暮れ時になってくると、キャンプファイヤーや焚き火の光のように色温度の低い光を心地よいと感じますが、白い光は寂しいと感じてしまいます。

以前のNICUでは5,000K(昼白色)の蛍光灯を使っていたので、日中は快適なのに対して、夜間、照度を下げると寂しく感じられました。改築後は2,700K(電球色)の特注LEDを使ったので、日中でも夜間でも心地よく優しい光と感じられるようになりました。

※写真8 ◆クルーゾフ効果・・・照度に応じて心地よく感じられる色温度
昭和24年以後急速に広まった蛍光灯によって街は白一色となりましたが、平成に入って少しずつ色温度の低い照明が取り入れられるようになり、令和に入ってそれが急速に加速されて現在に至っています。夜に市街地の遠景を観察する機会があれば、どんな光が使われているか見てみましょう。道路の街灯は白色系が多いかもしれませんが、家々の明かりやマンションの照明には、色温度の低い電球色の方が多く使われるようになってきました。蛍光灯からLEDに変更されるタイミングで、夜間の照度に合った心地よい光が求められた結果(クルーゾフ効果)ということになります。

3.NICUに来ると心が癒やされる・・・そんな設計を目指して
NICU/GCU※では照明や構造にこだわって設計をしました。「薄日さす公園で、ゆったりとした時を赤ちゃんと一緒に過ごす」、そんなコンセプトを掲げて、赤ちゃんや面会に来られるご家族だけなく、働くスタッフにとっても優しい環境を目指しました。その中でも重要な役割を果たす照明は、2,700Kの高演色性で、綺麗な影ができるワンコアタイプ(光源が1つ)の特注LED照明を3,000個設置しました。

※GCU Growing Care Unit の略で、新生児回復室 と呼ばれています。

LEDはそれぞれアドレスを持ち、1台の電源ドライバが10個のLEDを独立して調光しますが、その電源ドライバ300台を調光制御ユニット8台が自動調光するという複雑なシステムとなっています。それによって、NICU全体に柔らかな光を届けつつ、ベッド毎の明るさを自由に調節できるようになりました。

GCUの照明は自然をモチーフとして、メープル色の床を大地、配管や配線が通るシーリングペンダントの縦のラインを林、赤ちゃんを寝かせるコットの緑を草原に見立て、天井には空があるという設定としました。ゆったりとしたカーブを描く天井は癒し感を醸し出しますが、天井や壁の塗装だけでなく、空調のフィルター装置も含めて、光を柔らかく拡散させるためにすべて艶消し塗装としたため、天井や壁に向けた間接照明の柔らかな光が室内に満ちています。通常、医療機関の塗装は拭き取りができるように反射素材が入った艶入りですが、NICUでは照明の光を優先して塗装を選びました。

※写真9 改築途中のGCU

NICUに入院してくる赤ちゃんの中には、手を尽くしても救命できない子どももいます。そんな、「本物の空を見ることができずに最期を迎える赤ちゃんのために、本物以上の空を見せてあげたい!」という想いで、人工空を取り入れた看取りの部屋も創りました。普段は多目的室、搾乳室として使っていますが、最後を迎える赤ちゃんは、ご家族と一緒に「空の部屋」で時を過ごしてもらっています。

※写真10 空の部屋
 
 
4.赤ちゃんだけでなく、働くスタッフにとっても優しい照明を目指して
NICUには超早産児、重症仮死などの重症例も入院してくるので、重症度に応じてベッド毎に照度を変え、自動化された日内サイクルも作りました。子宮の中は夕暮れ時の明るさと言われています。NICUでは子宮内をイメージして赤ちゃんが落ち着けるように80-100lxと照度設定を低めにしていますが、観察できるように夜間でも60-80lxまでしか落としていません。

一方、状態が安定してきた児や退院の近い児が多いGCUでは日中300lx、夜間は20lx以下まで落としています。次の号でも紹介しますが、夜間熟睡するためには照度を30lx以下に抑えることが推奨されています。そこで、保育器に入っている早産児の赤ちゃんに対しては、在胎週数にも配慮しながら保育器にカバーを掛けてさらに照度を微調整しています。

NICUの照明は昼モードと夜モードに分けて、明るさに日内サイクルを設けただけでなく、改築当初は名古屋の日の出・日の入りの時間に合わせて、ゆっくり30分かけて明るさが変化するように設定しました。

改築前はスイッチのON/OFFで照度を切り替えていたので、急に明るくなったり、暗くなったりしていましたが、急に暗くなるとビックリして泣き出す赤ちゃんもいます。暗くなると光を多く取り込むために瞳孔は拡大し、明るくなると瞳孔は縮小します。瞳孔の大きさが急に変化すると交感神経系や副交感神経系にストレスがかかりますが、30分かけて照度が変化するとそのストレスが緩和されるだけでなく、働くスタッフは暗くなったことすら気づかずに働くことができます。

ただ、夏場、朝5時頃から明るくなってくると、朝が来たと勘違いして空腹感を感じた赤ちゃんが泣き出すことが度々あったので、途中から朝は6:30、夜は20:00と定時で照度を切り替えることにしました。日内サイクルができるのは生後2-3か月と言われていますが、早産児でも環境を整えてあげると、より早く日内サイクルができるという証明でもありました。

働く側にとっては、照度が低いと疲労感を感じやすくなります。改築にあたって、照明デザイナーの東海林さんが、「低照度・明印象環境」という造語を作ってくれました。赤ちゃんにとっては暗いけれども、働くスタッフにとっては明るく感じられる環境、という意味ですが、天井や壁を間接照明でライティングすると、予想以上に明るい空間と感じて働くことができるようになりました。空間の明るさを評価するFeu値を測定してみると、改築後のNICUは仮設のGCUよりも照度が半分に減りましたが、Feu値としては逆に上昇し、疲れにくくなった、働きやすくなったというデータを得ることもできました。

※写真11  照度とFeuの違い

※写真12  改築前後の照度とFeu値
成人ではコーンオプシンという光受容体で色を感知し、ロドプシンで明暗を感知しています。新生児ではこれらの光受容体は未発達で、メラノプシンという明暗を感じ取る光受容体で物を見ています。メラノプシンは580nm以下の短波長の光しか感知できませんが、NICUの照明は色温度を下げたために長波長成分が多くなり、短波長が少ないため、成人が感じている以上に赤ちゃんはNICUの中を暗く感じているはずです。短波長を浴びると入眠に関与するメラトニンの分泌が抑制されるため、短波長成分の少ないNICUの照明は生理学的所見からも、赤ちゃんにとって「低照度・明印象環境」、眠りやすい環境を実現した照明設計となりました。

※写真13 改築前後の照明の分光スペクトラム
以上、いろいろ科学的な面からも考え尽くして設計したNICUですが、当院のコンセプトは、その後のNICU改築にも大きなインパクトを与えました。医療機器は年々進化していくため、買い替えていかなければなりませんが、施設は一度作ると容易に変更はできません。NICU内に無菌調剤室を作ったり、産婦人科と隣接しているNICUの廊下にはステンドグラスを配置し、卒業生ギャラリーと銘打って、NICU卒業生の作品や900gで出生した宇野昌磨選手からいただいたパネルや写真を展示しています。切迫早産で入院した妊婦さん達の心の支えにもなっているNICUを創ることができたことは、自分にとっても大きな財産となりました。

※宇野昌磨さんの弟、樹さんのYoutube動画(田中がスマホで撮影し、HPにアップしてもらえました)

注)赤ちゃんの写真はご家族の同意をいただいて掲載しています。


◆田中太平(たなか たいへい) 
日本赤十字社愛知医療センター名古屋第二病院新生児科部長(2023年3月まで)
NICUスーパーバイザー CEO(2023年4月以後)


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■ 連載:教育・心理的支援において診断基準をどう読むか・理解するか
               第2回 重症度と教育困難性と教師のバーンアウトの問題(自閉スペクトラム症・1)
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このシリーズでは、教育関係者や心理支援職が改めて診断基準を読むときの留意点を開設しながら、どのように診断基準と付き合っていけばいいのかをご一緒に考えることで、発達障害の改めての理解につなげていければと思います。

医師の先生方にとっての診断基準と、教育関係者や心理支援職にとっての診断基準は、もちろん同じものですが、その意味はかなり異なるように思います。

今回のシリーズでは、2013年に発表されたDSM-Vについて、自閉スペクトラム症、注意欠如・多動症、限局性学習症の3つにおいて見逃されがちなポイントを含めて解説していきます。前回は自閉スペクトラム症の診断基準の概要をお話ししましたが、今日は1. 「重症度」を教育・心理的支援の場でどう考えるか、説明を加えながら考えていきましょう。

1.「重症度」は「支援の大変さ」なのか

※注 以下、DSM-Vから抜粋
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◆現在の重症度を特定せよ
 →重症度は社会的コミュニケーションの障害や、限定された反復的な行動様式に基づく。
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学校に巡回相談に行きますと、お子さんの障害の状態について「どれぐらい重いですか?」というセリフが、教育現場でよく聞かれます。これはどういう意味での質問だろう、といつも考えます。

お子さんの障害のうち、適応の状態が非常に難しい、ということだろうか。
お子さんの障害のうち、知的な発達の程度が非常に重症、ということだろうか。
あるいは、触法事件につながる可能性を指しているのだろうか。
あるいは、自死に至るような可能性が高い、ということだろうか。

おそらく、先生方がお聞きになる上記の意味は、すべて含まれるのだろうと思います。
しかし、診断基準としての重症度は、「自閉スペクトラム症」の程度がどの程度なのか、という事を指していると考えることができます。

それは診断基準のいくつ「当てはまる」か、たくさんの項目数が当てはまるほうが重い、という事ではないと思われます。あれもこれも当てはまるから、重いということではないでしょう。数、という量ももちろん大切ですが、質の問題として診断基準のDにどの程度関係するかということになるのです。

※注 以下、DSM-Vから抜粋
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D.その症状は社会的・職業的、またはほかの重要な領域における現在の機能に臨床的に意味のある障害 を引き起こしている。
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Dは、生活にどの程度支障を及ぼすか、という事を意味しています。診断基準に「当てはまる」項目が、本人の学習や生活全般に、どの程度困難さをもたらしているのか、ということが、重要であることを示しています。

あるドクターにこんなお話しをしていただいたことがあります。 
「診断がつかないからと言って、その障害がない、というわけではないんですよ。診断基準的には満たしていても、例えばその症状が薄かったり、またあまり生活で困っていなかったりすれば、先生によっては診断をださないでしょう。だから診断=障害の有無、と捉えるのはある意味では誤りかもしれません。」

お聞きして、なるほど、と思いました。つまり、どの程度社会に適応しているのか、環境がどの程度うまく受け入れているかによっても、障害の重さはかわるでしょう。また、私も、臨床的に、この、生活に支障を及ぼすかどうかというのは、『程度』『期間』『頻度』による、と考えてきました。つまり『程度』というのが、重症度、と考えられるでしょうが、その特性がどの程度社会生活で支障を及ぼすのか、その特性がどのぐらい続くのか、その特性が見られる頻度はどの程度なのか、ということです。

さらに、自閉スペクトラム症の診断基準においては、重症度、というのは「社会的コミュニケーションの障害」と「限定された反復的な行動様式」に特化される、と明記されています。この二つは、自閉スペクトラム症の診断の大きな二つの柱です。

診断基準としては、生活への支障がどの程度あるか、を背景にして、その支障とは「社会的コミュニケーションの障害」と「限定された反復的な行動様式」の症状がどの程度見られるか、を重症度と考えていることになります。

また、皆さんもご存じのように、自閉スペクトラム症は、言語発達の様相が様々です。特に無発語自閉症(mutism、あるいはmute Autism)と言われてきた一群が存在していて、相手に伝わるような言語的コミュニケーションの手段を持っていない(あるいはわかりにくい)事があります。この群は、多くの知能検査で測定する場合、言語課題のほとんどが通過できないことになりますので、知的な発達においても重度知的障害を併存することになります。また、非言語コミュニケーションの困難さも、表出の少なさや相手への伝わりにくさになりますので、これも知的発達の測定においては、大きな影響がでます。

とすると、社会的コミュニケーションの障害は、知的発達とも大きな関連をもち、重症度は高い、ということになるでしょう。

「限定された反復的な行動様式」に関しては、いわゆる『常同行動』や『こだわり行動』が強いと柔軟性に欠けるので、なかなか環境への適応が難しくなります。適応力の課題は、即、重症度に直結すると言っていいでしょう。

学校や支援の場でも、「今やるべきこと」の指示や課題よりも自分のこだわりが優先されてしまい、マイペースで済むぐらいならいいけれど、集団の動きに参加できないことも多く出てきてしまいます。例えば、通学ではいつも道順ではないといけない、というお子さんがいます。通常の場合ならお子さんの状況に応じて同じ道を通るようにすれば済むわけです。しかし、今週のように大雪が降ったり工事中だったりと、いつもの道順で行けないこともあります。アクシデントでパニックになってしまい、大泣きしたり叫んだり、となると周囲も疲弊してしまいます。これは、重症度に大きく関連します。

余談ですが実は、災害時の問題もこれに大きく関連しています。慣れない避難所での生活や、家庭でのいつもの生活と異なるスケジュールから状況に適応できないことで起こる様々な事態が予想されています。障害のある子どもたち、特に可視性の低い、発達障害のある子どもは防災の点でも検討が必要だと言われています。

さて、そう考えると、重症度というのは、自閉スペクトラム症の症状が社会適応に及ぼす影響の強さ、と考えることができます。

しかし、特に学校現場では、重症度の意味はそれだけではないようです。
それは『教育困難性』の問題です。どれだけ教育現場でうまくいかないか。先生自身がどの程度困るか。それが「どのぐらい重いですか?」と聞かれているように感じられることが多くあります。

集団での適応が難しい、一斉指示が難しい。教員側にしてみれば、自分が思ったように指導ができない。いろいろ工夫してみるけれどうまくいかない。教員個々の知識や経験値などで、こうしたことが負担になって、積み重なっていくことがあります。すると、どうなるでしょう。

問題は、先生方が、その教育困難性の原因を、子どもや保護者に向けた場合に往々にして起こります。本当は特別支援学級なのに、無理に通常学級にいるからうまくいかないのだ、保護者の障害受容の問題だ、というような考えを持つと(もちろんそういう例もたくさんあるのですが)一見、子どもの障害の重篤度の問題に見えるけれど、教育困難性の原因をどこに帰属するかの問題でもあるのです。これは、保護者とのトラブルにもなりがちです。
また、「障害が重いなら自分がうまくできなくてしかたがない」という説明ができることで、うまく工夫をするきっかけになるという事も考えられるでしょう。

もう一つの問題は、教師がいわゆるバーンアウトに陥るケースです。何をやってもうまくいかないので、指導への動機が継続せず、先生方のほうがやる気をなくし、燃え尽きてしまう状態です。どちらかというと自分が悪い、自分の指導能力のなさでうまくいかないのだ、この子の場合だけではなくてどんなときにもダメだ、これからもうまくいかないだろうと考えると、先生の方も抑うつ的になってしまい、悪くすると病休や退職にもつながってしまいます。

こうした、自分ではうまく問題をコントロールできない時に(非統制性)、うまくいかないのは自分がダメで(内在性)、いつでも(安定性)・これからも(安定性)・なんでも(全般性)ダメなんだ、と考える思考を、負の抑うつ的原因帰属スタイルと呼びます。今、教育現場で大きな問題になっている、教員のメンタルヘルスの維持の問題にもかかわってきます。

この場合、「どのぐらい重いですか?」という質問が、子どもの側の障害の症状の重症度ではなく、どの程度、教師の教育困難性につながる可能性があるのか、という意味を含むことになります。

特に、自閉スペクトラム症は、本人は困っていないけれど、周囲が困っている、という事態が起こりやすいとも言われます(一方でADHDは、周囲は困っていないけれど、本人は困っていることがあります)。よって、良かれと思った指導が、本人には受け入れ難いものであったり、合っていないこともあるでしょう。
 
障害が重いと指導がしにくい、困難だ、ということはありません。診断基準上の重篤度が示すことが生活への支障を大きくしているにしても、その子どもにあった環境を選択し、また受容的、かつ適応を促すことができる適切な環境調整を行い、指導の工夫を楽しめるような余裕があれば、教育困難性は、それほど大きくなりません。
まずは、正しい知識を持つことです。診断基準を正しく理解することは、その第一歩です。
 
今回は、診断基準で示す重症度と教師の教育困難性について説明しました。
次回は、診断基準で重視される自閉スペクトラム症の初期症状について説明します。
 
◆吉田 ゆり(よしだ ゆり)
長崎大学教育学部・教育学研究科 教授。専門は発達臨床心理学。
公認心理師、臨床心理士、臨床発達心理士、そして保育士でもある。



■□ あとがき ■□--------------------------
前号で紹介した動画チャンネルですが、毎週更新ではクオリティの維持が難しいため隔週とさせていただくことにしました。
現在は、第2回「知的発達症とは?」を公開中です。もしよろしければぜひチャンネル登録をお願いします。

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