国際宇宙ステーションを使ったSTEM教育への動機づけ ADHDの不注意症状

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2024.01.05

国際宇宙ステーションを使ったSTEM教育への動機づけ ADHDの不注意症状

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■   まえがき
■□  新連載:国際宇宙ステーションを使ったSTEM教育への動機づけ
■□■ 連載:ADHDの不注意症状について
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■□まえがき ■□--------------------------
明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。

STEM(Science、Technology、Engineering、Mathematics)、最近ではA(Artまたはliberal arts)を加えたSTEAM教育という言葉を文部科学省が次世代に必要な能力を身につけるためのキーワードとして使うようになりました。学ぶべき対象という意味の他に、子どもたちの興味をかきたて、より主体的な学習を目指すという側面でも重要なアプローチだと思います。

※文部科学省:STEAM教育等の各教科等横断的な学習の推進

今回は、宇宙実験という刺激的な素材を使って展開されている(株)コンフォーカルサイエンス代表の田仲広明さんにその活動を紹介していただきます。
国際宇宙ステーションは、アメリカ、ロシア、日本、欧州、カナダが行っている国際共同プロジェクトです。国際協定に基づく持ち分に応じた比率で、各国はさまざまな形で利用しており、宇宙環境という特殊な環境での技術開発、科学実験や研究、商業的な利用に加えて教育目的にも利用されています。田仲さんはタンパク質結晶化の宇宙実験技術に長年取り組んでおり、国際宇宙ステーションを使ったSTEM教育について、現状や課題を紹介していただきます。


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■ 新連載:国際宇宙ステーションを使ったSTEM教育への動機づけ
             第1回 アメリカでの教育利用
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気候変動、戦争、感染症と、思いもよらない困難が次々と起きる昨今、子供たちが幸せになるために、私たちは何をしてあげられるでしょうか?

この答えの一つは、好きなものを探す手伝いをすることだと思っています。魅力を感じられる分野で体験学習をすることは、好きなものを発見するための、1つの重要な方法です。とりわけ、宇宙実験などの最先端科学に参加する体験は、子供たちに大きなインパクトを与えます。さらに、その学習を通じて基本的な科学のリテラシーに触れることが出来れば、将来の役に立つに違いありません。

この原稿では、私が携わっている宇宙環境利用の分野での体験学習について、米国と日本の主な取り組みを報告したいと思います。

1,アメリカの国立地球宇宙科学教育センターの取り組み
アメリカの国立地球・宇宙科学教育センター(National Center for Earth and Space Science Education (NCESSE))とアーサー C. クラーク宇宙教育研究所(Arthur C. Clarke Institute for Space Education)は、Nanoracks社と提携した大胆な商業宇宙ベンチャー活動として、学生宇宙実験計画(Student Spaceflight Experiments Program (SSEP))という事業を進めています。この事業は2010年から開始され、米国内の5年生から12年生までの学校および学区(最低100人以上の参加者)、2年制および4年制大学(最低30人以上の参加者)、私的な科学教育機関、一部の米国外の団体(日本も含む)が参加できます。

このプログラムはNASAから資金提供を受けているわけではないので、プログラム推進と宇宙実験の実費(27,000米ドル/コミュニティ)は回収する必要があります。そのために、SSEPでは数百の資金提供者からなる全国ネットワークと積極的な関係を築いて、米国とカナダのコミュニティへの支援を進めています。最初の19回のSSEP飛行機会で実施された367件のSSEPコミュニティプログラムのうち231件には、全額または一部の資金が提供されています。

このプログラムを国際的に拡大していくために、NCESSEはArthur C. Clarke Foundationと連携しました(Arthur C. Clarkeは「2001年宇宙の旅」の著者)。2012年に設立されたArthur C. Clarke Institute for Space Educationは、私たちの地球、その健康、そして地球を超えて冒険する能力に取り組む教育プログラムを世界中に提供することを目指しています。

同研究所の最初のプログラムは、SSEPを、国際宇宙ステーション(ISS)での活動に従事する各国に拡大することでした。現在では、欧州宇宙機関(ESA)加盟国、欧州連合(EU)加盟国、カナダ、日本のコミュニティはSSEPに参加することができます。

SSEPでは、植物種子の発芽、結晶の成長、食品学、細胞生物学、微生物の生理学やライフサイクルなど、多様なテーマについて学習し、実験装置を製作し、宇宙実験を実施しています。実験装置は、ISSに搭載できる大きさや、技術的制約のなかで製作する必要があります。これらの制約やISSの中の微小重力環境の特殊性については、教師や生徒が理解できるように情報提供されます。(宇宙なので「無重力」と思われるかもしれませんが、ISSの中にはごくわずかの重力があるため、「微小重力」という言い方をします)。

SSEPは、ラーニング・コミュニティ・モデルによって運用されています。参加する各コミュニティ(通常は市や町)では、複数の学生チームが、それぞれ研究をどのように行うかをまとめた研究提案書を提出して、正式な審査を受けます。審査の結果、各コミュニティは1つの提案を、ISSでの実験提案として選定します。

この制度について、考案者のNCESSEセンター長のジェフ・ゴールドスタイン博士は、「SSEPは、学生さんに科学者としての力をつけるように制度設計されています。学生チームは実際の実験を計画し、宇宙実験を提案し、正式な提案審査を経験し、NASAの飛行安全審査を受けます。さらに、スミソニアン国立航空宇宙博物館で開催されるSSEP全国会議では、研究者たちのコミュニティに加わることができます。」と話しています。

2011年以降これまでに19回の宇宙実験機会があり、最初の2回はスペースシャトルを利用、その後の17回(ミッション1~17と呼ばれています)はISSを利用しています。米国内42州とコロンビア特別区の、合計221のコミュニティが参加しています。またカナダの5つの州、ブラジルとウクライナでも、それぞれ国内大会を開催し、参加しています。

19回の飛行機会(ミッショ17まで)を通じて、3,162校の合計147,660人の生徒が微小重力実験の設計と提案書の作成に取組み、29,526件の宇宙実験提案書が提出され、382件が宇宙実験に選定され(競争率は77倍!)、343件の宇宙実験が実施済みです。これまでに70のコミュニティが複数回の宇宙実験を、また特に51のコミュニティでは4回以上の宇宙実験を経験していて、SSEPが継続性のある制度であることを示しています。

現在実施中のSSEPのミッション18の場合、2023年2月に募集開始、5月末に学生チームによる提案書の提出の締切りで、9月1日から11月3日までの9週間にわたって審査が実施されました。12月15日までには、宇宙実験に搭載する提案が選ばれるという予定です。学生チームが設計・製作した実験装置は来年春に、NASAケネディ宇宙センターからSpaceXロケットで打ち上げられる予定です。ISSに4~6週間設置されている間に、必要があれば宇宙飛行士が実験装置を操作して宇宙実験を行い、終了後は実験で得られた試料やデータを地上に持ち帰って、分析することになっています。その後、チームごとにまとめを作成してSSEP全国会議で発表することになります。

この恵まれた機会が参加者に素晴らしいインパクトを与えないはずがありません。SSEPのホームページから、参加した生徒さん(8年生)の感想を以下に引用しておきます。

This might be the best experience I have ever had. The opportunity to work with others that enjoy science as much as I do was great. It opened my eyes to how the scientific method is used in real life. This has shown me that if you work as a team and bounce ideas off each other you can accomplish anything.  - Alex A.,

SSEPプログラムについて 

2,その他の取り組み
ISS内の米国ラボを運用している非営利団体、Center for the Advancement of Science in Space (CASIS)のホームページでは、33件の教育プログラム(本格的な宇宙実験)、41件の学習プラン(ISSを利用した学習プラン)を紹介しています。また、ISSを利用したSTEM教育に取り組んでいる43のパートナー企業や公的機関も紹介しています。この中にはNCESSEを含め、ISSを利用した教育プログラムを提供しているところが6機関ほどあるようです。古くから体験教育プログラムを運営している企業である、マグニチュード社の活動を以下にご紹介します。

CASISが紹介するISSの教育プログラム

CASISが紹介するISS の学習プラン

CASISが紹介するISSのパートナー企業、公的機関

マグニチュード社では2017年から、エクソラボ(ExoLab)という宇宙実験機会を含む体験型教育プログラムを、概ね年2回提供しています。学生さんたちが宇宙飛行士と一緒に、様々な植物を育てるプログラムです。

エクソラボのカリキュラムは、学生を含む一般市民の方々に、それぞれの学習レベルに合った植物成長実験の参加機会を提供しています。参加者は宇宙実験の前に、生命現象やISSでの生物学、化学、環境科学を学びます。説得力のある実験に基づく知見を得る能力に自信を持つように、実験デザイン、データ収集、データ分析などを実践・習熟し、宇宙での本格的な科学実験を体験します。

マグニチュード社のエクソラボ  

エクソラボでは、ISSに設置する10 cm×20 cm×30 cmの大きさの実験装置と、世界各地の小型の実験装置を結んだネットワークを提供します。これらの実験装置では、気温、湿度、明るさ、二酸化炭素(CO2)の量など、さまざまな条件を測定、記録できます。また1時間ごとに写真を撮影でき、この画像と測定データが一緒に表示されるようになっています。自分の実験装置のデータとISSで行われている実験と比較したり、世界中の他の実験装置のデータと比較したりすることができます。

現在募集中のプログラムEXOLAB-11のライセンスは549ドルで、この中にはISS実験に参加する権利と、植物検疫証明付きのマメ科植物Medicago Truncatula Jemalong A17(タルウマゴヤシ)の種1グラム、粉寒天2g、セレニティ・エクソラボ・ミッションステッカー50枚、それにエクソラボのカリキュラム一式が含まれています。この他、EXOLAB GROWTH LABという地上対照実験用の実験装置が799ドルで提供されています。

ちなみにタルウマゴヤシは、遺伝的な単純性、ライフサイクルが短いこと、根粒形成が見られること、耐病性があること、利用可能な遺伝的ツールや情報があることから、植物学や農業、その他の科学研究に広く利用されている、マメ科のモデル植物です。2024年3月に、このタルウマゴヤシの種子をISSに送り、微小重力の環境下で約30日間成長させます。

この間、マグニチュードの教室を通じて、参加者は成長する苗をほぼリアルタイムで撮影し、地球上の実験や世界中の他の参加者と比較することができます。毎週行われるライブビデオセッションでは、ミッションの最新情報が提供され、ゲストや生徒が、各々の観察結果を共有することもできます。過去のミッションでは、宇宙飛行士やこの研究を専門とする科学研究者も参加していました。宇宙実験から帰還したのちの試料の解析は、ローレンス・バークレー国立研究所とジョイントゲノム研究所の支援を受けて行います。

3,発表の機会
米国では、The International Space Station Research and Development Conference (ISSRDC)という、ISSで行われた科学研究や技術開発成果を発表し、今後の宇宙ステーション計画について議論し、関連企業が展示をするなど、千人以上の関係者が集まるイベントが毎年開かれています。

ここでは、「科学、工学、技術、数学教育」(STEM教育)に関するセッションがあり、小学校の5年生から大学生までのチームが、ISSでの宇宙実験成果を発表しています。私も何回かISSRDCに参加し、その都度、学生さんたちの発表を聞いています。いずれも5~6名のチームで、宇宙実験の企画から、実験装置の製作、事前の地上実験での検討、宇宙実験の様子や、宇宙実験で得た結果のまとめなど、メンバーがそれぞれを分担してのびのびと発表をしていて印象的でした。

2023年のISSRDCの記録

このように、アメリカではISSを活用したSTEM教育が発展しています。またその内容は本格的です。特に「SSEPが学生さんに科学者として力をつけるように制度設計されている点」は印象的で、将来の専門的な仕事で役に立つような、科学・工学・技術・数学のスキルが身につくよう組み立てられています。ISSを利用して、アメリカの国力を下支えするような教育が、米国全体の資金提供の力で実践されていると感じています。

次回は、我が国の状況や、私の会社での取り組みなどをご紹介させていただきます。

◆田仲 広明(たなか ひろあき)
株式会社コンフォーカルサイエンス 代表取締役。
専門は宇宙環境利用、タンパク質結晶成長。長年、タンパク質結晶化宇宙実験の技術開発や実験容器の製造に従事している。

 
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■ 連載:教育・心理的支援において診断基準をどう読むか・理解するか
             第10回 ADHDの不注意症状について(注意欠如多動症・5)
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このシリーズでは、教育関係者や心理支援職が改めて診断基準を読むときの留意点を開設しながら、どのように診断基準と付き合っていけばいいのかをご一緒に考えることで、発達障害の改めての理解につなげていければと思います。
今回のシリーズでは、DSM-V及びDSM-V-TRについて、発達障害の診断基準を丁寧に説明させていただいております。前回から注意欠如多動症を取り上げています。

DSM-V及びDSM-V-TRでは、注意欠如多動症(Attention-Deficit/Heperactivity 
Disorder)という名称が採択されました。略語は、これまで通り、ADHDです(以下、ADHDと表記します)。

●診断基準の作り
ADHDの診断基準の作りは以下のとおりです。

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A.(1)および/または(2)によって特徴づけられる、不注意および/または多動-衝動性の持続的な様式で、機能または発達の妨げになっていること
(1)不注意
(2)多動-衝動性

B.不注意または多動-衝動性の症状のうちのいくつもが12歳になる前から存在していた

C.不注意または多動-衝動性の症状のうちのいくつもが2つ以上の状況(例:家庭、学校、職場:友人や親せきといる時:他の活動中)において存在する

D.これらの症状が、社会的、学業的、または職業的機能を損なわせているまたはその質を低下 
させているという明確な証拠がある

E.その症状は、統合失調症、またはほかの精神症の経過中にのみ起こるものではなく、他の精
神疾患(例:気分症、不安症、解離症、パーソナリティ症、物質中毒又は離脱)ではうまく説明
されない
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第8回から、(1)不注意についてお話をしています。(1)の下位項目a・b・cは“注意”について説明していました。今回はd・e・f・gの項目を説明します。

d・e・f・gの項目は、ADHDの機能障害仮説である実行機能モデル、あるいは三重経路モデルで説明できる項目です。

先に、実行機能障害と三重経路モデルを説明しておきましょう。

実行機能は、色々な説があるのですが、目的を伴った一連の活動を効果的に成し遂げるために必要な脳機能であり、Lezak(2004)は、目標設定、計画、目標に向けた活動の実行、効果的な遂行(effective performance)の4要素からなるとしています。BrownTE(2006)は遂行すべき課題と合わない反応を抑制できない、ゴールに見合った適切な反応を選択して実行できないなど、焦点化する、努力する、感情を抑制する、記憶する、行動するなどの力の弱さが代表的なものとして挙げています。我が国の研究や実践でも、こうした計画を立てること(プランニング)、優先順位をつけること、最後までやり遂げること、物の管理、時間の管理などを総合的に捉えるようになってきており、ADHDの子どもへの実行機能のつまずきに焦点化したスキル獲得実践が報告されています(e.g.高山,2021)。

三重経路モデル(Dual Pathway model)とは、抑制制御(行動制御)の障害、報酬遅延の障害、時間処理の障害の3つ(Sonega-Barker・Bitsakou・Thompson,2010)で説明されます。抑制制御の障害は、ケアレスミスや聞き漏らし、思い込みや先走り、忘れ物や紛失などのものの管理、計画的な仕事の難しさなどが挙げられます。報酬遅延の障害は、すぐに手に入る報酬を好む特性を示し、すぐに成果が出ないような事態や我慢が苦手で、すぐに成果の出るものや新奇性の高いものを好むような傾向を指します。時間処理の障害とは、感覚的に時間の経過をつかむ能力のつまずきを指しています(中島,2018:中島ら,2019)。

では、d・e・fを説明していきましょう。

●プランニングの障害と、報酬遅延の障害

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d.しばしば指示に従えず、学業、用事、職場での義務をやり遂げることができない。
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まず「しばしば指示に従えず」についてですが、DSM本文にも注釈が加えているように、指示に従わないことは、反抗的な態度や、指示内容を理解できないことによるものではありません。指示に従えないのは、指示に従おうという気持ちはあっても、聴覚的ワーキングメモリの弱さによって指示をすぐに忘れてしまったり、言葉が持つ行動制御の機能が弱いので、ADHD児者は結果として従うことができないということになってしまうのです。

そして、学業、用事、職場での義務をやり遂げることができないのはいくつかの理由があります。
第一に、取り組みを始めることの瞬発力が弱いという事があげられます。実行機能モデルで説明をすると、実行機能の主要な能力であるプランニング力、計画を立てる力が弱いために、ADHD児者は、やらなくてはいけないことがあっても、見通しを立てることの困難があり「まだいいかな」と考え、後回しにしてしまうことがよくあるようです。また、見通しを立てたり、優先順位をつけたりすることも難しいので、学業や用事や職場での義務という「しなくてはいけないアジェンダ」の計画を立て、それに従うことが難しいことになります。

第二に、最後までやり遂げる力が弱いということです。こうして後回しになったアジェンダがあると、皆さんも経験するでしょうが、なんだか落ち着かないというか、「やらなくては」ということを常に気にしなければならないですよね。定型発達児者であれば「今やらないと後がきつくなるから今やってしまおう」と思うはずです。そして今やって、楽になれます。こうして「楽になれる」ことを報酬、と捉えると、後(将来)の自分のために取り組むことができるということです。これを遅延報酬、と言います。ADHD児者は、この遅延報酬の障害があると言われています。つまり、後(将来)の自分のためには頑張れないのです。「今、頑張らなくても、後でできる(する)から大丈夫」というプランニングの障害がある上に、今現在「楽になれる」(報酬)方がいい。つまり、今すぐに得ることができる、即時報酬を優先するわけです。

そのうちに、あっという間に締め切りが来てしまい、「やろうとおもっていたのに」できなかったということになります。今すぐにやれば何とかなるとしても、持続性注意の障害があるために、なかなか集中できず、やり始めたとしても他のことが気になったり、準備不足がこの時点でわかったりして、止めてしまう。あるいは時間切れになってしまう、ということがよく起こります。こうして「しなくてはいけないアジェンダ」から逃避、あるいは回避をしてしまうのです。ここでも逃避、回避することで「しなくてはならない」ことから解放されるので、正しいことではないけれど「らくになれる」報酬をすぐに得ることができるのです。

よって、ADHD者は、反抗しているわけでもないし、怠けているわけでもない。しかも「しなくてはいけない」ことも十分理解しているのです。でも、そのうちやろうと思っていたらあっという間に時間が過ぎてしまって、気が付いたらできなかった。ということが起こるわけです。

しかも、自分ではどこでどう悪かったのかがわからないので、失敗したとしても、次から気を付けよう、という「失敗に学ぶ」ということも難しいことになります。だから何度でも失敗し、叱られ続けます。そして自分ではどうにもならなかったことだとしても、自分が失敗したことはわかっているので、どんどん「自分はダメだ」と自己否定的な考え方をするようになります。これが二次障害のメカニズムのひとつにもなります。

●プランニングの障害・時間制御の障害・自己評価の不安定さ

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e.課題や活動を順序立てることがしばしば困難である。
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課題や活動を順序だてるためには、まず、課題や活動に必要な行動をうまく分析をしてそれを時系列に並べることが必要になります。この項目も、実行機能のプランニングの障害で説明ができます。dは、しなくてはいけないことを最後までやりとげることを示していましたが、こちらはプランニングそのものです。ADHD児者にはとても難しいと言えるでしょう。

どの程度の量の課題を、どのぐらいの時間でこなすことができるのかを判断するという能力も必要です。これは、三重経路モデルの時間制御の障害で説明ができるでしょう。感覚的に時間の経過をつかむ能力が弱いために、無理な量をこなそうとしたりして失敗することがよくあります。

さらに、自分の能力をどの程度正確に把握しているかということも関係します。ADHD児者の自己評価に関する研究では、自分の「できる」という能力を過大に評価する傾向があるという研究結果と、反対に、過少に評価する傾向があるという研究結果の両方があります。このことから言えることは、自己評価が定まらない、そして過大・過少に偏りすぎるという事です。

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f.課題や活動に必要なものをしばしばなくしてしまう。
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物の管理、も実行機能のひとつですが、ADHD児者は、物の忘れ物や紛失が多く見られます。あるADHD児のお母さんは、あまりにも傘を忘れてくるので困っていました。雨が降っていても忘れてくるし、ついそのあたりに置き忘れることもある。また、持っていくのも忘れることがある。とうとう学校指定の黄色い傘を1ダース買った、という話も聞きました。1年に家の鍵を5回なくした、という大学生に会ったこともあります。誰でもうっかりや忘れ物はしますが、ADHD児者はそれが少々派手に表れるようです。しかも大人になってもあまりこの特性は改善しません。そしてこれは、ADHD児者自身もかなり自覚があるようです。

また、物をなくしてしまうのは、整理整頓が苦手という特性にもよるようです。空間認知の弱さが併存するADHD児者も多く、片付けが苦手なために、どこに置いたのかを忘れてしまうことも指摘できます。

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g.しばしば日々の活動で忘れっぽい。
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顔を洗う、歯磨きをする、お風呂に入る、といったルーティンの行動ですら忘れてしまうということを示しています。

また、ワーキングメモリが弱いので自分の今しようとした行動も忘れてしまいます。立ち上がってから「あれ、いま何をしようとした?」というようなこともよく起こります。忘れっぽい、ということ、そのものですね。これは、高齢者が加齢によってワーキングメモリが弱くなり、忘れっぽくなるというのと、似たような特徴を持つような印象を受けます。

高齢者は、結晶性知能はあまり衰えないので、昔のことはよく覚えているけれど、ワーキングメモリのような能力は加齢によって衰えが見られると言われています。つまり、実行機能の低下があるわけです。ADHD児者は、その脳機能からもともと実行機能の弱さがあるので、小さい時から忘れっぽい、ということになります。「忘れ物が多い」「宿題をやっても出すのを忘れる」「すぐに物をなくす」など、小学生は特に注意や叱責の対象となります。ADHD児の脳機能の特性を鑑みて、注意や叱責の前に、ぜひとも工夫をしてほしいところです。

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h.精神的努力の持続を要する課題に従事することをしばしば避ける、嫌う、またはいやいや行う。
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このような、実行機能や三重経路モデルで説明されるような苦手さがあるために、ADHD児者は最初から困難な事態を回避することも多いようです。朝礼や全校集会でじっとしていられなくて出たくない。大人になっても行列のできる飲食店にはいかない。拘束時間が長い、例えば映画などは最初からあまり見ないというADHD児者にもよく会います。

また、基礎的な地道な練習を繰り返すこともあまり好きでではないようです。テニスで言うと「素振り」はきらい。野球ならキャッチボールより「いきなり魔球の特訓」をしたいというようなことですね。

ADHD児者は、独創力が高く、オリジナリティはすばらしいものがあり、能力の高さを示す点も多くあります。そして易刺激性により目新しいものが好きで、直ぐに他のものに気がそれてしまいます。それは、一方では変化のある毎日に対応できる力があるということでもあります。事務職はできないが、営業では力を発揮するということもあります。さらには事務職はできないが、教員や医師のような、緊急性や突発性の高い仕事は向いていることもあるようですね。ADHD児者の「ひとよりできない」は、じつは「ひとよりできる」との表裏一体でもあるのです。

さて、これで不注意の説明は終わりです。次回からは多動・衝動について説明します。

◆吉田 ゆり(よしだ ゆり)
長崎大学教育学部・教育学研究科 教授。
専門は発達臨床心理学。
公認心理師、臨床心理士、臨床発達心理士、そして保育士でもある。
 
 
 
■□ あとがき ■□--------------------------
昨年末に、子どもの発達を支える専門家の動画第二弾を公開しました。
理学療法士(PT)、作業療法士(OT)、言語聴覚士(ST)、言葉は聞いたことがあるけれど、何をしてくれる専門家なのかを知っている人は少ないかもしれません。ご覧いただいて、もし身の回りにいたら、その力を借りられるかもしれませんよ。


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