超低出生体重児と自閉スペクトラム症

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2023.02.24

超低出生体重児と自閉スペクトラム症

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■  連載:超低出生体重児と自閉スペクトラム症―その対策と未来は?
■□ 連載:自閉スペクトラム症の中心障害 社会的相互作用のつまずき
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■ 連載:NICUの赤ちゃん達の現在と未来
             第3回 超低出生体重児と自閉スペクトラム症    ―その対策と未来は?―
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1回分お休みをいただきましたが、第1回「NICUってどんなところ?」では、NICUに入院してくる赤ちゃん達について紹介しました。私達大人は意識せずに呼吸をしていますが、赤ちゃんにとっては呼吸すること自体が大変なこと!ということがイメージしていただけたのではないかと思います。

第2回「NICUの環境を考える」では、赤ちゃんを観察するだけでなく、働くスタッフにとっても優しい照明について紹介をしました。過ごしやすい環境を作ることは発育や発達にとっても重要なことです。

第3回では「超体出生体重児と自閉スペクトラム症」についてお伝えしたいと思います。

※1 日本赤十字社愛知医療センター名古屋第二病院新生児科HP https://bit.ly/3Ss8T5v 
世界のトップレベルと言われている日本の新生児医療ですが、1,000g未満の超低出生体重児の生存率は90%を超えるようになってきました。「生存率95%前後まで達成」して予後は良くなった!・・かのようにも見えますが、逆に考えると死亡率5%、これは「超低出生体重児の20人に1人は命を落としてしまう!」ということになります。今回は、神経学的後遺症も含めて、いろいろな合併症を起こしやすい超低出生体重児にスポットライトを当てて、解説したいと思います。

1.出生直後の超低出生体重児は呼吸が命
体重が小さな動物ほど機能的残気量(肺に残っている空気の量)が少ないため、短時間の無呼吸でも低酸素に陥ってしまいます。肺の容積は、低出生体重児<成熟児<小児<成人となりますが、成人では1分間息を止めても低酸素状態になることはありません。それに対して、満期産で出生した赤ちゃんであっても、15秒息を止めるだけで心拍数低下を伴う低酸素状態に陥ってしまいます。

新生児仮死など出生後に泣かない場合(無呼吸)、背中をこすり上げるなどの刺激をして呼吸を促しますが、それでも呼吸をしない時には、遅くとも30秒以内には肺に空気や酸素を送り込む蘇生を開始しなければなりません。超低出生体重児は成熟児の1/3以下の大きさなので、余力はもっとありません。息を吸う力が弱いだけでなく、肺を広げるサーファクタントという物質を産生することができず、呼吸しようと努力してもうまく肺を広げられないこともよくあります。そのため、出生直後から肺を膨らませるバギングを行ったり、気管に管を入れて(気管挿管)肺に酸素を送り込んだ後、その管を通じて薬剤としてのサーファクタントを肺に注入するサーファクタント補充療法もよく行われます。

超低出生体重児では、生後数分以内に迅速かつ適切な処置が行われるか否か、それが赤ちゃんの命や合併症にも直結します。

※図2-1 (在胎23週、出生体重508g)
低体温を防ぐためにラップで包まれた超低出生体重児に気管挿管をしているところです

※図2-2
気管挿管+サーファクタント補充療法によって呼吸状態は安定しました

2.超低出生体重児は出生後も呼吸で苦労します
呼吸状態を安定させた後、搬送用保育器に乗せてNICUに入院しますが、在胎22週で出生すると1か月半から3か月近くまで人工呼吸器による呼吸補助を必要とします。本来はまだ使われないはずの未熟で脆弱な肺に対して、無理矢理人工呼吸器で肺を広げて呼吸をしてもらわなければなりません。人工呼吸器による圧損傷・酸素や感染による肺障害・栄養障害による肺の成長抑制など様々な要因によって肺がダメージを受けて新生児慢性肺疾患となり、在宅人工呼吸器や在宅酸素療法を使って退院しなければならないこともあります。

早産児では、肺が未熟で損傷を受けやすいという大きなデメリットはありますが、急性期を乗り越えることができれば、成長に伴ってダメージを受けた肺は徐々に修復され、数ヶ月から数年をかけて日常生活には支障ない範囲まで回復してくれます。ここが、成長しきった成人の肺と早産児の肺の大きな違いです。退院前の胸部CTとその後のCTを比較すると、「よくぞここまで回復してくれた!」と感じ入ってしまいます。

※図3
赤ちゃん凄い! こんな肺でもここまで回復してくれました (退院前と9か月後を比較すると・・・)

※嚢胞(のうほう):肺がダメージを受けてできた袋状の組織で、この部分では酸素をほとんど取り込めず正常な肺を圧迫します。

3.超低出生体重児の毎日は苦難の連続
超低出生体重児は脳の血管も脆弱でまだ充分に発達していないため、特に生後3日以内は頭蓋内出血を合併することもあります。少量の出血なら自力で止血できますが、出血量が多くなると血液を固める力も弱いため、大量の脳出血になって命を落としたり、重篤な後遺症を残したりすることもあります。また、脳血管の分布も脳循環の安定性も不十分なため、脳虚血によるダメージや脳軟化症(脳の一部が溶けた状態)をおこして発達遅延や脳性麻痺を残すこともあります。

本来自然に閉鎖すべき大動脈と肺動脈を結ぶ動脈管が開いたままになっていれば、薬剤による閉鎖を試みますが、それができない時には動脈管を閉鎖する心臓手術を行わなければなりません。消化管も未熟で、母乳やミルクをなかなか消化吸収できなかったり、腸壁が薄いため腸穿孔を来したりすることもあります。細菌から身を守る力も未熟なため、肺炎や敗血症(血液の中で細菌が繁殖した状態)に陥ることも多々あります。眼の血管も未熟で、未熟児網膜症による網膜剥離で視力障害を残すこともあります。その他、ミルクが充分に消化吸収できるまでは点滴で栄養を補給しなければならないため、薬剤性の肝障害や腎障害、聴力障害、点滴ルートのカテーテル感染症など全身の臓器に渡る複合的な合併症を来しやすいのが超低出生体重児の特徴といえます。

図4 特発性限局性腸穿孔(盲腸の穿孔)
 
腹壁が薄いので腹腔内に漏れ出た暗緑色の便の色が透けて見えます

このように、赤ちゃんにとっては苦行とも言えるような様々な困難を乗り越えて、在胎42週から44週頃(分娩予定日+2-4週)には退院できることが多いのですが、在胎22週ならば5-6か月間をNICUで過ごすことになります。本来、胎児は無重力状態で羊水中に浮かび、キックができるようになっても柔らかな羊膜に当たるだけで痛みも無く、心地良い安定した子宮内環境で成長していきます。在胎40週まで胎盤から酸素、栄養分、様々なホルモンや成長因子などが補給され、出生後に備えて充分な蓄えもできた状況で出生する訳ですが、超体出生体重児として出生すると蓄積が無いまま、物資の供給も急に断たれることになります。しかも、過酷な環境で体を維持しつつ、さらに脳や体を成長させなければなりません。

4.超低出生体重児として出生すること自体が自閉スペクトラム症のハイリスク
出生後のNICUの環境は不快な刺激に満ちています。アラーム音や過剰な光による不快な聴覚・視覚刺激、採血や気管吸引などの処置に伴う痛み刺激、羊水内と異なる不安定な触感や重力感覚、人工呼吸器から離脱できても呼吸中枢の未熟性による無呼吸発作の反復など、赤ちゃんの側から見ると、どれをとっても虐待と言っても過言ではないような、苦痛を伴う過酷な毎日とも言えます。

こうした不快な刺激から身を守るためには、外部からの刺激をシャットアウトして内に籠もる、逃避に走ることが手っ取り早い生体防御反応となります。「外界からの不快な刺激」や「他者との関係性」を断つことが、将来的に他者とのコミュニケーションの苦手さにつながり、過剰な刺激に対してどうしていいかわからずにあがくことが「セルフコントロールの苦手さ」ひいては「なだめにくさ」「泣き止みにくさ」、成長してからの落ち着きのなさ、ADHDにもつながってくるのではないかと思われます。

小さな事象であってもその積み重ねが、新生児期に刷り込まれると、「自閉スペクトラム症」の誘因になってもおかしくはありません。出生後の早産児にとって、どんな刺激が発達にとってマイナスになるのか?その重みはどうなのか? 合併症も多く、複雑な要素が絡むため、詳細な解析はなかなか困難ですが、苦痛となる刺激を少しでも減らして、赤ちゃんにとって心地よい環境を整えることがいいことは間違いないと思われます。
 
5.超低出生体重児の苦痛を和らげ、心の発達を促すために
超低出生体重児を例に挙げて、具体的にイメージできるように述べてきましたが、Alsらは1980年代に「胎児・新生児の意識や行動は、胎内および胎外環境と相互作用しながら、時間とともに発達する」という synactive theory(シナクティブ理論:共作用理論)を構築しました。胎児・新生児の発達には環境も大きな影響を与えるということですが、超低出生体重児として出生し、様々な合併症とそれに付随する胎外環境を考えると、児の発達に及ぼす影響の強さは容易に想像できるかと思います。

最新の日本のデータによれば、3歳時点での新版K式発達検査による発達指数は1500g未満の極低出生体重児で87.4、1000g未満の超低出生体重児では79.5、正期産で生まれた正常なこども達が100なので大きな差があります。1500g未満もしくは在胎32週未満で出生し、当院でフォローアップされている4~6歳児83名をADOS2※5とDSM5※6で評価したところ、20.8%が自閉スペクトラム症と診断され、従来考えられていた以上に自閉スペクトラム症と診断される児が多いことも示されました。

※5 ADOS2「Autism Diagnostic Observation Schedule 第2版」自閉症診断観察検査  
※6 DSM5「Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders 第5版」 
検査用具や質問項目を用いて、自閉スペクトラム症の評価に関連する行動を観察するアセスメントです。

6.NICUではディベロップメンタルケア・新生児に対する痛みのケアに配慮しています
こうした赤ちゃんに対する苦痛を和らげ、環境を整えてあげることで、心の発達が促されるのではないか?という発想に至ったのが、ディベロップメンタルケアや新生児の痛みに対するケアです。

ディベロップメンタルケアでは、「神経行動学的発達が高次に進むのを助けるために、早産児や疾病新生児を過剰刺激から保護し、それぞれの発達レベルや反応に合わせて環境や対応を調整しながら行う」ことが提言されています。この中では個人の状況に応じて調整することも強調されています。例えば、成人の眠り方を考えてみても、右横向きが落ち着いて眠れる人もいれば、上を向いた方が熟睡できる人もいます。赤ちゃんの体位調整(ポジショニング)も、赤ちゃんの在胎週数や本人の好みを考えながら、体位交換時の向きや時間間隔、手足の曲げ方や位置なども細かく調整していきます(位置覚、触覚)。

照度も在胎週数や日内変動も考えながら調整したり(視覚)、赤ちゃんの顔に母乳を染み込ませたガーゼを置いたり(嗅覚)、母乳を浸した綿棒で行うマウスケア(味覚)、赤ちゃんに触れてもらうタッチケア、赤ちゃんを胸に直接抱っこして行うカンガルーケア(触覚、嗅覚)など五感を使った心地よい刺激を考えながら赤ちゃんの成長、家族の絆づくりを進めていきます。

ちなみに、新生児は母親の声や母乳の匂いを他人のものと区別できる能力を持っていることも証明されています。言葉を話せない新生児であっても、ちゃんと自分を取り巻く環境や状況を理解しているということになります。

痛みを伴う処置については、「NICUに入院している新生児の痛みのケアガイドライン」が作成され、処置毎に痛みの感じ方に対する評価もカルテ記載されるようになりました。採血には痛みの少ない採血器具が使われるようになり、以前は1人で行われていた採血も、今では2人で行われるようになりました。赤ちゃんに優しく声かけをしながら、1人が赤ちゃんの四肢を曲げたポジショニングをとって包み込むようにホールディングをすると赤ちゃんは落ち着きます。その間にもう1人が採血をするという訳です。痛みを緩和するためにおしゃぶりを吸ってもらったり、母乳や蔗糖(しょとう)を与えたりなどいろいろな配慮がされるようになりました。

超低出生体重児に限らず、早産児の乳幼児・学童期の自閉スペクトラム症の合併頻度は高いものの、こうした細やかな配慮によって、以前よりも落ち着かなかったり、泣きやみにくい早産児は減って、症状が軽度になってきた印象を持っています。

※図5 人工呼吸器を装着したまま・・初めてのカンガルーケア 
抱っこされると赤ちゃんも落ち着きます

7.何でもほどほどに・・が大切?
良かれと思ってやったことが、赤ちゃんにとってマイナスに作用してしまうこともあります。スタッフの人的余裕があり、敷地面積も広い欧米では、NICUの個室化が進められてきました。アラーム音も減って静かになったというメリットは大きいのですが、家族の面会時間が少ないと、言葉のシャワーに晒される時間が短くなり、NICUの個室化によって言語発達が遅くなるというデータも出てきました。子宮内では子宮壁や羊水を隔てて母親の声や周囲の音を聞きながら胎児は成長するので、赤ちゃんにとって不快ではない適度な声による刺激が脳の言語発達には必要という傍証でもあります。

聴力検査を受けたことがある人はわかると思いますが、反響音がすべて吸収されてしまう無響室に入ると、入っただけでも不快感が感じられます。適度な音環境は人間にとって必須、ましてや言語発達にとっては生の声は重要です。鐘の音、森の中や川のせせらぎとして感じられる心地よい音は、1/fの揺らぎ※7による癒し効果だけでなく、音として認識できる可聴域以外の音もプラスに働いているという考え方があります。TVやビデオよりも直接の語りかけや読み聞かせの方が言語発達には望ましいと言われていますが、スピーカーとして出力可能な音域以外の周波数の音も、発達にはプラスになっているのかもしれません。

※7 1/fの揺らぎ 規則的な中にも不規則が混在している "ゆらぎ" のことで、こうした "ゆらぎ" に触れていることで、人はリラックス効果を得られたり、集中力の向上が望めたりします。

※図6 夕陽に映えるステンドグラス

8.新型コロナウイルス感染症の影響は赤ちゃんにとっても大きなマイナス
ただ、新型コロナウイルス感染症の流行で病院の状況は一変しました。成人の病棟では面会時間や回数が制限もしくは完全に禁止され、大部屋ではプライバシーを尊重してカーテンで仕切られるようになったベッドが更に厳格化され、狭く孤独な空間になっているのではないでしょうか?

赤ちゃんの発達にとって家族と会うこと、肌と肌で直接触れあうこと、面会はとても重要です。退院に向けての育児練習だけでなく、赤ちゃんの発達にとっても面会は必須な治療行為と解釈して、面会は24時間自由にしてきましたが、新型コロナウイルス感染症が大流行に至った頃からNICUでも面会時間を制限せざるを得ない状況となってしまいました。

さらに、赤ちゃんにとって、顔認識として重要な口元の表情もマスクで覆い隠されてしまうようになってしまいました。長期入院のご家族だけはフェイスシールドとしましたが、透明な膜1枚を隔てるだけでも感じ方は違ってきます。今年の5月から新型コロナウイルス感染症もインフルエンザと同等の5類感染症になりますが、マスク着用の習慣が根付いた日本では、なかなか修正できないのでは?と懸念しています。せめて、こども達の間だけでもマスクを外してくれるようになってくれればと願っています。

注)赤ちゃんの写真はご家族の同意をいただいて掲載しています。

◆田中太平(たなか たいへい) 
日本赤十字社愛知医療センター名古屋第二病院新生児科部長(2023年3月まで)
NICUスーパーバイザー CEO(2023年4月以後)



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■ 連載:教育・心理的支援において診断基準をどう読むか・理解するか
              第4回 自閉スペクトラム症の中心障害 社会的相互作用のつまずき(自閉スペクトラム症・4)
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このシリーズでは、教育関係者や心理支援職が改めて診断基準を読むときの留意点を開設しながら、どのように診断基準と付き合っていけばいいのかをご一緒に考えることで、発達障害の改めての理解につなげていければと思います。

医師の先生方にとっての診断基準と、教育関係者や心理支援職にとっての診断基準は、もちろん同じものですが、その意味はかなり異なるように思います。

今回のシリーズでは、2013年に発表されたDSM-Vについて、自閉スペクトラム症、注意欠如・多動症、限局性学習症の3つにおいて見逃されがちなポイントを含めて解説していきます。初回は自閉スペクトラム症の診断基準の概要、前回までは、診断基準を読む際に軽視しがち、しかし最も重要な基盤である「重症度」「初期症状」を説明しました。ここからは中心障害の臨床像(症状、特性)について具体的に考えつつ説明を加えながら考えていきましょう。

1.ASDの中心障害の臨床像;DSMでは2項目
DSM-Vでは、自閉スペクトラム症(ASD)の中心障害の臨床像(医学的には症状など、教育においては特性などと言われることが多いですね)は、2つしかありません。DSM-IV-TRが3つだったのと比べると、より包括的に大くくりになっていることがわかります。

※注 以下、DSM-Vから抜粋
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A.社会的コミュニケーションおよび相互関係における持続的障害
B.限定された反復する様式の行動、興味、活動
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A・Bのふたつ。しかしこれだけ見てもなんのことかさっぱりわかりませんね。
今回はまずA:社会的コミュニケーション及び相互関係における持続的障害とはなにかを考えてみます。簡単に要約すると、Aは以下のようになります。

※注 以下、DSM-Vから抜粋
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A.社会的コミュニケーションおよび相互関係における持続的障害
 1.社会的・情緒的な相互関係の障害。
 2.他者との交流に用いられる非言語的コミュニケーション(ノンバーバル・コミュニケーション)の障害。
 3.年齢相応の対人関係性の発達や維持の障害。
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2.A.社会的コミュニケーションおよび相互関係における持続的障害  
※注 以下、DSM-Vから抜粋
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A.複数の状況で社会コミュニケーションおよび対人的相互反応における持続的な欠陥があり、現時点または病歴によって、以下により明らかになる。
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Aの「社会的コミュニケーションおよび相互関係における持続的障害」。実は、この項目が【自閉スペクトラム症の本質】と言ってもいいかと思います。

自閉スペクトラム症というのはDSM-Vからの用語だという事は皆さんご存じだと思います。それまでは、自閉症、自閉性障害、広汎性発達障害など、いわゆる"自閉症"は、時代とその中心障害のとらえ方によって呼び名が変遷してきました。

1943年にアメリカ合衆国の医師であるレオ・カナーが最初の論文を発表して以来、"自閉症"は、特に親子の対人関係を原因とする心因論で説明されてきました(カナーの意志とは関係がなかったのですが)。

1970年代にイギリスの医師であるラターらのグループの研究により、"自閉症”は心因論で説明できるものではなく、先天性・器質性の障害であること、そして認知・言語障害がその中心障害であるとされました。さらにその後、やはりイギリスのWingらの研究などから、先天性・器質性の障害であること、そして中心障害は社会性の障害であることとされました。つまりこの項目は、"自閉症"が、自閉スペクトラム症になっても、中心障害は社会性の障害であることを示すものです。そういった意味で、この項目が本質とされています。

また、この文章で最も重要なのは「複数の状況」であることです。診断基準をどう読むか、という根本的な話になるのですが、診断基準は「いくつあてはまるか」を問うものではない、ということです。医学教育では、DSMなどの診断基準をどのように読むのか、必ずトレーニングを受けると聞いています。正確な診断(確定診断、除外診断、鑑別診断)を行うために必須です。しかし、私たち教育や心理、福祉の業界では診断基準の表だけが知られていて、それにどう当てはまるかを考えがちです。そういった意味でも、「複数の状況」が何を指すのかを考えることは重要です。

すなわち、複数の状況であるということは、特定の状況ではない、ということです。怖い先生の前だとこうなる、とか学校だとその行動が見られるけれど他では見られない、ということではなく特定の要因がなくても引き起こされる行動であることがポイントになります。

1)社会的・情緒的な相互関係の障害
社会的コミュニケーションおよび相互関係における持続的障害には、3つの項目が含まれますが、第一にあがっているのが対人的・情動的な相互関係の障害です。

※注 以下、DSM-Vから抜粋
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(1)相互の対人的-情緒的関係の欠落で、例えば、(1)対人的に異常な近づき方や(2)通常の会話のやりとりができないといったものから、(3)興味、情動、または感情を共有することの少なさ、(4)社会的相互反応を開始したり応じたりすることができないことに及ぶ。
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(1)~(4)は筆者が加えています。今回は(1)と(2)を解説します。

(1)対人的に異常な近づき方
人間は、その場や相手との関係性に応じて、一定の物理的な距離を採ると言われています。もっとも有名なのは、エドワード・ホールのパーソナルスペースの実験です。ホールは、密接距離(恋人など親密な人との距離)は0~45センチメートルとしています。親しい人同士なら、そこまで近づいても不快にはならないということです。さらに社会距離とは、120~360センチメートルとしています。面接や、演説など、個人的な関係ではない場合はこのぐらいの距離が不快にはならないということです。ですから、満員電車やエレベーターの中は、本来は「不快な距離」なわけです。だから、ついついつり革広告を熟読してしまったり、階数表示を見てしまうのは、不快さや気まずさから逃避するために取っている行動とも言えますね。

ところが、自閉スペクトラムの方は、この、密接距離や社会距離を使い分けたり、適切な距離を取れなかったりすると言われています。

まず、「近づきすぎる」時には
〇小学生になったのに抱きついてくる
〇大きくなったのに「だっこして」と言ってくる
〇気になる子がいると近づいてそばに座る
〇相手に触ったりにおいをかいだりする
〇とても近くで会話する
〇顔を覗き込んで話をしようとする

また「遠すぎる」時には
〇声が聞こえないぐらい遠くで話しかける
〇距離を置いて座る
等とも言われています。

こうした距離の取り方は、こだわり行動や感覚過敏とも関連するようです。

(2)通常の会話のやりとりができない
さらっと書いてありますが、ここは本当にたくさんの症状や特性が含まれています。

〇言語発達・発語の有無
ASDの言語発達、特に会話に関しては3つのタイプがあることが知られています。
・"無発語"自閉症:話し言葉のない言語発達が非常に遅れるタイプ。一生の間、ほとんど話し言葉を持つことがないことがほとんどです。
・言語発達が遅れるタイプ。単語が中心、特徴的な言語特徴をもちます。
・言語発達に特に遅れのないタイプ。言い回しや使う言葉に特徴があり、会話の成立に困難がある場合もあるが 言語発達そのものには遅れはない。

〇言語の流暢性、調音(はっきりしゃべること)や発音の問題
無発語のタイプではなく、言語発達が遅れるタイプ、もしくは言語発達に特に遅れのないタイプで見られる特徴です。
・発音:ただしく発音できない単語や音がある。子音の脱落や代用が見られる
・音の高さ:高すぎる、低すぎる、一定ではない
・声の大きさ:大きすぎる、小さすぎる
・会話のはやさ:はやすぎる、おそすぎる、一定ではない速さになる
・イントネーション:平坦な話し方(強弱)肯定文と疑問文
・アクセント:音の強調点が独特である
・方言の獲得:方言を使わない、あるいは典型的な(今時だれも使わないような)方言を話したりする

〇エコラリア(反響言語)がみられるかどうか
エコラリアは、定型発達の子どもにも見られるので、どの程度長く続くのか、会話とそぐわないエコラリアなのかを注目する必要があります。

・遅延反響言語:テレビのコマーシャルや、以前に言われたこと、よく聞いた言い回し など、同じような言葉や文節を繰り返しいう症状
以前は問題行動としてとらえられていましたが、エコラリアは、不安定 な時に安心したいときなどにもちいる自己調整するための方法と考えられています。
・即時反響言語:相手が言ったことをその場でくりかえすオウム返し
話し言葉の意味が分からないとき、どうしたらいいかわからないとき、確認したいときよく出現するとされています。

〇統語的側面
言語発達の文法的な側面のことを指しています。

・人称代名詞の獲得困難:わたし、あなた、の逆転が知られていますが、日本の文化ではあまりみられないとも言われています(ADI-Rの日本語版ではもともと抜かれています)。
・オノマトペの獲得困難
・主客の混乱:「いってきます、いってらっしゃい」、つかまえる・つかまる、おいかける・おいかけられる、などを指しています。

〇語用的側面
言語発達の実際的な運用の側面のことを指しています。

・字義どおりにとらえる
・隠喩、冗談、皮肉がわからない

例えば、あるおじいさんの家の庭は手入れが悪く、草がぼうぼうと伸び放題になっていたとします。そこに遊びに来た孫が、「おじいちゃんのお庭、なんてきれいなの」といいました。

これはどう考えるでしょうか。この場合、孫はきっと、手入れが悪いことを皮肉で言ったのだと思いますよ。しかし、ASDの方は「そうか、庭はきれいなのか」とその通りに受け取ることがあるでしょう。言われたことをその通りに受け取り、相手の冗談や皮肉を理解しないということを意味しています。

「お風呂見ててね」といわれるとお風呂の水がいっぱいになったら蛇口をしめてね、という意味だと思うのですが意味がわからないのでただ見ている。教室で「ふりかえりましょう」といわれて後ろを振り向く。「この問題には裏がある」と言われて問題の裏面を凝視する。「君の右に出る者はいない」と言われて右にいる人だと思う。「目からうろこ」「目に入れてもいたくない」「青ざめる」のような表現も苦手な場合もあります。

・あいまいな表現がわからない
曖昧な表現も苦手です。半分ぐらい持ってきてね、と言われてもその「ぐらい」がわからずにいる。また、いわゆる5W1Hの理解苦手なことはよく知られていますが、なかでも、だれが(Who)、いつ(When)、どこで(Where)は何とか理解しても、なぜ(Why)やどんな(How)は表出も理解も難しい、ということになります。

上記のように、対人的・情動的な相互関係の障害と一言で言っても、かなりの症状、特性が含まれます。この項目は長くなりますので、次回、次の(3)(4)について説明します。

(3)興味、情動、または感情を共有することの少なさ、

(4)社会的相互反応を開始したり応じたりすることができないことに及ぶ。

◆吉田 ゆり(よしだ ゆり)
長崎大学教育学部・教育学研究科 教授。専門は発達臨床心理学。
公認心理師、臨床心理士、臨床発達心理士、そして保育士でもある。



■□ あとがき ■□--------------------------
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