マルトリートメントを受けている子どもへの対応

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2019.06.14

マルトリートメントを受けている子どもへの対応

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● 連載:マルトリートメントを受けている子どもへの対応
● 連載:アメリカ便り:米国の学習指導要領(1)
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● 連載:児童虐待の脳への影響 (最終回)
第5回 マルトリートメント(避けるべき子育て)を受けている子どもへの対応、私たちができること
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原則はまず、子どもたちの安心、安全を確保することです。可能な限り早期に虐待状況から救出し、手厚い養育環境を整えてあげることは、子どもの発達を考えるうえでも重要です。親子関係の改善と促進のために子ども家庭支援センターや保健センターなどの地域の関係機関と連携を持ちながらサポートを行うことも必要になるでしょう。早い時期に周囲が気づき、そして地域の関係機関と連携することが、そのマルトリートメント(避けるべき子育て)を受けた子どもの長い治療の始まりと言っても過言ではありません。虐待やネグレクトなどマルトリートメントを受けた子どもたちをどのようにして社会に健全に返してあげるか、そのために私たちみんなが子育て支援者として何が継続的にできるのか、を常に考慮した対応、支援が求められます。

うまく連携できれば、親の心理的問題には、保健センターの保健師、病院・子育て支援センターでは臨床心理士などによるカウンセリングなどを通して対応してもらうことが可能になります。知的障害、うつ、パーソナリティ障害などの精神障害、発達障害のある親の場合、必要に応じて精神科医へ紹介するなど医療的な支援を行い、そのうえで以下に挙げる生活環境調整や治療、社会的養護を行うことが可能になるからです。

1) 親への対応:きょうだいへの対応も含め、生活の支援として育児支援ヘルパー、一時保育、ショートステイなどの利用を促し、子育てから休息する時間を確保します。経済的に困難な家族に対して、生活支援のための福祉資金や自立支援が必要と判断される場合は、福祉事務所につなげます。

2) 治療:薬物療法は特に慢性期の治療に有効です。また最初の安定、安全の回復のために危機介入を行うこともあり、必要に応じて薬物療法を行います。被虐待児の中で、心的外傷体験を持つ子どもの心的外傷後ストレス障害(PTSD)症状、特に睡眠障害、集中困難、易刺激性に対して抗精神病薬は効果的です。抑うつ状態を伴う際には抗うつ薬を慎重に少量から投与すれば有効です。

また、心理療法は大きくトラウマ(心の傷)に対する心理療法と、愛着(アタッチメント)に対する心理療法に分けられます。トラウマ処理の技法としては「トラウマフォーカスト認知行動療法」や「眼球運動による脱感作と再処理法(Eye Movement Desensitization and Reprocessing: EMDR)」と呼ばれる治療法に有用性が示されています。また援助者と言葉を交わすことができない子どもなどには遊戯療法が有効です。心的外傷後プレイセラピーはその一つです。愛着障害を持つ子どもに対しては、愛着修復プログラム(修復的愛着療法)という養育者のペアレント・トレーニングと親自身の生育歴を振り返ることを併せた心理治療などがありますが、まだ脳科学的に有効かどうかを示すエビデンスはありません。

3) 社会的養護:トラウマ治療後の援助として社会的養護の存在は不可欠です。被虐待児たちが虐待の現場から引き離された後に生活する主な場所が児童養護施設になります。社会的養護の中で、信頼できる周りの大人の存在を通して、適切な自己イメージを形成するとともに生きるための自信を得ていきます。また里親という形で被虐待児たちを引き取り、温かい家庭生活を経験させることは、子どもたちの健やかな成長のためにも意義深いことです。

もちろん、子どもたちに治療をしたからと言って外科手術のように全てがきれいさっぱり無くなる訳ではありません。時の経過とともに、自分にとってその出来事がどんなことだったのかと何度も何度も考え直すはずです。

しかし、専門家と一緒に適切な関わりを経験し、トラウマに関する心理教育(自分が体験したできごとやトラウマ症状について正しく理解すること)が入っていれば、過去のトラウマティックな出来事を思い出しても、心的外傷後成長(ポスト トラウマティック グロウス)※視点で自分の経験を見られるようになります。これが一番重要なことです。

※心的外傷後成長(ポスト トラウマティック グロウス)
心的外傷は、災害や事故、病を患うこと、大切な人や家族の死など、人生を揺るがすようなさまざまなつらい出来事・虐待など、様々なことで起こりますが、それに引き続く苦しみの中から、心理的な成長が体験されるる認知プロセスを心的外傷後成長と言います。

〇私たちができること-被虐待児のこころのケアの重要性

これまで、親からのさまざまなマルトリートメントへの曝露が脳に及ぼす影響や愛着障害の神経基盤に関する知見を概説しました。ヒトの脳は、経験によって再構築されるように進化してきたのでしょう。児童虐待への曝露が脳に及ぼす数々の影響を見てみると、人生の早い時期に幼い子どもがさらされた想像を超える恐怖と悲しみの体験は、子どもの人格形成に深刻な影響を与えずにはおきません。子どもの安全が保障されないと発達も害され、それは子どもにとって重大な害となります。このことは、一般社会にも認知されてきたようです。

子どもたちは深い心の傷を抱えたまま、人生の様々な困難に立ち向かわなければなりません。それは厳しい道のりで、挫折してしまうことが多いということは先述の通りです。このように、被虐待児が心に負った傷は容易には癒やされないことが予想されます。

しかし、脳の傷は決して治らない傷ばかりではありません。環境や体験、ものの見方や考え方が変わることで脳も変化します。子どもの脳は発達途上であり、可塑性という柔らかさを持っています。早いうちに手を打てば回復するでしょう。そのためには、専門家によるカウンセリングや解離に対する心理的な治療、トラウマに対する心のケアを、慎重に時間をかけて行っていく必要があります。

トラウマによる傷つきが回復するのに必要なことは、子どもでも大人でも、基本的に同じです。安心・安全な環境、(自分に起きていることの理解)心理教育、過去の体験と感情を安全な場で表現する、そして健康に生きるためのライフスキルを習得することが重要です。主な治療としては、前述したトラウマ処理や愛着形成のための「心理療法」「プレイセラピー」です。内的世界を表現することによる自己治癒力の活性化、必要に応じた薬物療法などの有用性も示唆されています。

近年、人生の最初期における愛着形成、信頼の形成が人間の発達にとって決定的に重要であるとの認識が広まっているのは意義深いことです。というのは、そこから生まれてくるのは子どもたちに対する視点だけではなく、同時に、親になった者たちの困難さにも寄り添うことにつながるからです。少子化・核家族化が進む社会の中で、子育て困難に悩む親たちは容易に支援を受けることができず、ますます深みにはまっていきます。養育者である親を社会で支える体制は、いまだ乏しいのが現実です。

今やマルトリートメントは家庭内の問題でなく、社会が早期に介入する必要に迫られています。虐待さえしなければ「子育て困難でもいい」とは言えません。様々なレベルで支援が必要な保護者がいる一方で、「支援」を受け付けずに「介入」によってしか、親子ともに救えない事例が少なくありません。そういう意味では、マルトリートメントを減少させていくためには、多職種と連携し、また、子どものみならず親たちとも信頼関係を築き、根気強く対応していくことから始めなければなりません。

一連のエビデンスについての理解が,大人が責任をもって子どもと接することができる社会を築き、少しでも子どもたちの未来に光を当てることができればと願っています。

文  献
友田明美.「子どもの脳を傷つける親たち」, NHK出版, 2017.
友田明美, 藤澤玲子.「虐待が脳を変える?脳科学者からのメッセージ」, 新曜社, 2018.
友田明美.「脳を傷つけない子育て マンガですっきりわかる」, 河出書房新社, 2019.
友田明美.「実は危ない!その育児が子どもの脳を変形させる」, PHP研究所, 2019.(6月27日発刊予定)

友田 明美 (ともだ あけみ:Akemi Tomoda)
福井大学 子どものこころの発達研究センター
Research Center for Child Mental Development, University of Fukui

 

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● 連載:アメリカ便り:米国の学習指導要領(1)
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令和になり、日本列島はたくさんの期待と、変化に対する緊張を胸に、それぞれが新しい学年の学習や活動に取り組んでいらっしゃること思います。米国は6月末が終業で、5月に行われることの多い高校の卒業パーティー(promといいます)では、ドレスやタキシードに着飾った高校生が楽しい、特別な時間を過ごしました。

今回は、アメリカの学習指導要領についてお話ししたいと思います。
アメリカには日本の文部科学省のように、50州全土における教育システムを統一し、管理する機関はありません。様々な権限は、各州に委ねられているので、働く教師の教員免許書も各州で各州で異なります。

これは、やはり米国という国が広大であるために、各地で必要とされる教育内容や進度が異なるためです。例えば、農業が盛んな州、歴史を重んじる州、IT企業がひしめき合い最新テクノロジーに溢れる州、など、所変われば子供たちが学ぶべきだと思う優先順位も変わってきます。

少し脱線しますが、アメリカは教育と政治も密接に関係しています。
もちろん学校の教師が共和党(トランプ現大統領、ブッシュ前大統領など)か民主党(オバマ前大統領、ヒラリー議員など)のどちらかを口に出してあからさまに贔屓することはありません。しかし赤州(共和党)、青州(民主党)と言って、選挙をしてもどちらが勝つか必ず決まっている州、それから紫州と言ってその年によってどちらが勝つか分からない州(つまり選挙においてはこれらの州が鍵を握っています)もあります。その為、自分の一票が国の未来を左右する可能性のある紫州では政治のシステムや社会情勢をより学ぶ必要があります。

この様に、広大な国土と3億3千万人に登る多くの国民を、横一列の物差しで測ることは不可能のために、各州で学習指導要領を設定することが許されています。

ただし、2教科だけ「Common Core State Standards(コモンコア教育)」と言って、考える力を育てる教育のために作られた、全州で足並み揃えて網羅すべきと設定されている教科があります。1つ目は日本で言うところの「国語」、2つ目は「数学」です。この2教科に限っては、どの学年でどの様な内容を学ぶべきかが全国共通で定められているので、各州はそれに従って指導要領内容も決められています。

これは比較的新しいシステムで、2008年に提案され、2010年から順次取り入れられました。
1990年代に始まった国際学力水準調査でアメリカの初等・中等教育の結果が低かったために、国を挙げて教育に力を入れなければいけないと認識したのです。

全ての学力の基礎となる国語と数学の2教科においては、国統一のカリキュラムが必要であると、National Governors AssociationとCouncil of Chief State School Officersという2つの機関の専門家により「Common Core State Standards」が制定されました。

国語の中には、ライティング、リーディング、リスニング、スピーキングを柱として、外国語やメディアリテラシーも含まれています。

アメリカの教育で重要だと考えられているものの1つが「クリティカルシンキング(批判的思考)」です。これはあらゆる場面で、問題を特定し、情報を分析して、最善の解決策を見出すための能力です。低学年の頃から「なぜ」「どうして」「もし?だったら」と、自分の考えを巡らせて読み、書き、聞き、話すという内容がカリキュラムに組み込まれています。

数学(算数)では、計算練習よりも具体化して実生活に用立つ様に、言葉で説明ができる様にと、数の概念を教える方針がとられています。掛け算九九を必死に覚えて合格スタンプをもらう、と言うことはなく、計算は計算機でやることもしばしばです。

例えば小学校3年生で割り算を学ぶ際、割り算の問題をひたすら解くのではなく、22匹のカエルを使い、
1)4つの池に4匹か6匹ずつ分ける。
2)4つの池に、前(隣)の池より1匹ずつ少なくなる様に分ける。
3)4つの池にそれぞれ奇数になるようにカエルを分ける。
というワークシートをやるのです。

こうすると問題3)は答えが1つではないので、「あなたはどうしてそのやり方にしたのか」「どうしてその奇数を選んだのか」など、思考の内容を問われることが多々あります。
これは、計算練習にコツコツと時間をかけて学んだ私たち日本人にとっては理解しにくい方法でもあります。

実際、国際学力テストの結果では日本がまだ上なのを見ると、計算練習をより多く解いた方が効率良い様にも思えます。

一方で世界の大学ランキングなどにおいては日本の大学の最高位が年々下がっていても、アメリカの大学が上位に多数ランクインしているのを見ると「数学を使って思考力を養う」やり方が将来的には役に立つとも言えるかもしれません。

コモンコア教育は、州によっては開始してからまだ4、5年しか経っていないところもあるので今後の伸び代はまだまだ分かりませんが、アメリカでは「どこに住むか」が「どんな教育を受けるか」に直結していると言うことが少しはおわかりいただけたかと思います。
同じ州の中でも、同じ街の中でも、通り一本で学区が違うと全く異なるカラーの学校(すなわち、教育)になるのですから、そう言う意味では、どこにいても機会が平等に守られるのは当たり前ではなく、自分で切り開いていける力を養っていくのは確かに大事なことなのかもしれませんね。

今回はアメリカの学習指導要領におけるコモンコア教育についてお話ししました。
次回は、その中で特別支援教育の指導要領についてお話ししたいと思います。

礒恵美(いそ めぐみ)ボストン在住

 

● あとがき
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7月13日(土)に国立オリンピック記念青少年総合センターで開かれる、マジカルトイボックス第48回イベントに出展します。マジカルトイボックスは、主にコミュニケーションの領域で、障害があってできないことを代替する機器について学び、市販品や自作でそれを実現しようというイベントです。様々な展示(参加無料)の他に、ビュッフェ形式の相談会で、異なる障害をもつ方の環境調整の方法について、専門家の方々に相談することができます。詳しくは下記ページをご覧ください。

マジカルトイボックス第48回イベント (詳細はこちら>>

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