不器用さへのアプローチを考える

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2018.06.22

不器用さへのアプローチを考える

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| まえがき
| 新連載:不器用さへのアプローチを考える
| 連載:通級指導教室でのLD児の指導 書字エラーの質に応じた支援
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──■ まえがき
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編者自身、小学生時代、自分の不器用さについてコンプレックスがありました。また、走る、ボールを受ける、といった遊びの基本的な動作に、苦手意識がありました。

そんなことから、不器用さを解消する方法があればと常々思っていた時に、参加して大きな可能性を感じたセミナーがありました。

当メルマガでその内容について、ぜひ解説してほしいと講師の宮口英樹先生(広島大学教授)にお願いをし、今回からご寄稿いただけることになりました。

これらの情報が、読者、そしてその周辺の方のお役に立てば何よりです。

 

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─■ 新連載:不器用さへのアプローチを考える
-- コグトレと認知作業トレーニングの紹介 --
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今回から3回にわたってコグトレの概要紹介とコグトレの一つである「不器用な子どもたちへの認知作業トレーニング」の開発背景を通して、不器用さへのアプローチについて考えてみたいと思います。

1.コグトレとは

コグトレとは、認知( )トレーニング(Cognitive ( )Training)の略称です。社会面:認知ソーシャルトレーニング(Cognitive Social Training:COGST) 、学習面:認知機能強化トレーニング(Cognitive Enhancement Training:COGET)、身体面:認知作業トレーニング(Cognitive Occupational Training:COGOT)から成る、子どもたちへの一連の包括トレーニングです。これらが、現在では小中学校を中心とした教育現場や療育センターなどの医療機関、児童デイサービス等で実施されるようになってきました。

コグトレが開発された背景には、※1のように社会スキルの獲得に、身体、学習をベースとして継続的に認知機能に働きかけるトレーニングが効果的であるという医療少年院の少年たちへ更生プログラムを通じた実証があります。すべてのトレーニングに認知という言葉が使われているのは理由があります。例えば教室において2人で机を運ぶ場合には、2人が机のバランスを考えて持たないと落としてしまう、ぶつけてしまうなどの危険性がありますが、そのためには力の調節だけではなく、相手の動作への予測力や注意力が必要です。逆に言えば、身体運動に認知(知覚、注意、記憶、推論判断、言語)要素を取り入れたプログラムを行うことで、学習や社会面で必要な予測力や注意力の向上が期待できます。このように認知的要素を、身体面、学習面、社会面に一貫してトレーニングを実施しようというわけです。

※1(画像はこちら>>

2.不器用さとは

動きがぎこちなく、動作を覚えるのが遅い。道具を使ったり、物を扱ったりするとうまく操作ができない。年齢を問わずこのような状態を一般には不器用と表現します。但し、年少期では行為が未熟なのは当然のことなので、立ち座り、歩行といった基本動作や食事、更衣などの日常生活動作が年齢相応に出来ない状態があてはまります。成人では身体を使った仕事や作業に携わる場合には、不器用さが様々な障壁となることも懸念されます。不器用さは、主に身体の動作状態を表現した言葉であり、専門用語ではありません。DSM-5※2では、発達性協調運動障害(Developmental coordination disorder: DCD) の中で不器用さが取り上げられています。

以下は、DSM-5におけるDCDの要点です。「A 運動の協調が必要な日常生活における行為が、その人の生活年齢やスキルの学習と使用の機会から期待される水準に満たない。困難さは不器用さとして明らかになる(例:物を落とす、壊す)、動作が緩慢で不正確(例:物を取る、はさみやカッターを使う、字を書く、自転車に乗る、スポーツをする等)。B これらの症状が著明にみられ、その症状は生活年齢に適切な日常生活における活動(例:自己管理、自己保全)、学業成績、職業活動、レジャー、遊び等を妨害している。C 症状は幼少時期からみられる。D これらの症状は知的能力障害や視覚障害ではうまく説明できず、また脳性麻痺や筋ジストロフィー、機能損傷等によるものではない」(宮口幸治、宮口英樹編著:不器用な子どもたちへの認知作業トレーニング.2014、三輪書店)。

※2 DSM-5 精神障害の診断と統計マニュアル第5版 Wiki (詳細はこちら>>

身体の不器用さは子ども達には思った以上に深刻な問題です。大人であれば苦手な運動を敢えてしなくても社会生活が送れますが、身体の不器用さは机上のテストなどと違って隠すことができないからです。不器用さは、体を清潔に保つ行為や他者との遊びの中で顕在化しやすく、これが元になって自尊感情が低下することも報告されています。DSM-5に記載されているように、不器用さは幼少期からみられることから、社会心理的な影響は計り知れません。

DCDで示されている不器用さは機能障害ではありません。脳やシステムの問題が原因で生じる高次脳機能障害でも動作の拙劣さは生じますが、それとは別に考える必要があります。しかしながら、知的能力障害や自閉スペクトラム症の診断を有する子どもたちの中にはDCDと診断されるものが少なくないことには注目する必要がありそうです。

3.不器用さと認知機能

私は作業療法士として仕事を始めた当初、認知機能障害を持つ大人のリハビリテーションに関わってきました。臨床の中で強く感じたのは、動作と言葉と認知機能は切り離せないものであることでした。例えば、失行症と言われる動作の拙劣さを示す症状は、失語症や注意障害を伴っていることが多く、動作を説明してもらおうと思っても説明が混乱する場合があります。不器用さは、主に身体の動きに注目されますが、不器用さを有する子どもたちに道具の使い方を説明してもらおうとすると、言葉で説明することが苦手な場合が少なくないことに気づかされます。これらのことから、私は不器用さを捉えるときの一つの視点としてモノ(道具)とひとと身体の関係から見るようにしています。

モノ(道具)という言葉を聞いて何をイメージしますか?学校なら鉛筆、道具箱、給食のお皿といったところでしょうか。モノはひとが関わって初めて道具になります。私は、モノとの関わり方を2つの観点から分類して考えるようにしています。

1つ目の観点は、動くモノかどうか、2つ目の観点は、モノの形が変化するかどうかです。1つ目めは、例えば公園のベンチのように固定された椅子に座る場合と、キャスター付きの椅子に座る場合の違いです。ボールは動かせるモノの代表格です。2つ目は、木製の台とクッションやトランポリンとの違いです。粘土は変化するモノの代表格です。※3は、これらの関係を表したものです。形が変化して動くモノほど自分の体を調節する機能が必要になります。より難しいモノの扱いを表現しようとすれば、より言葉の表現力が必要になると考えられます。

※3 (画像はこちら>>

不器用さをもつ子どもが、どんなモノとの関わりが難しいかを私たちが意識すると様々なアプローチが見えてくるでしょう。動かないモノに体を合わせる、動くモノに体を合わせる、形が変化するモノを扱う、これらの考え方の根本には、どれだけ複数の身体部位に注意を向ける必要があるかという認知的な観点が必要です。ひとはモノと関わることで、身体や認知能力を発達させるのです。

次回は、認知作業トレーニングの代表的な内容を紹介しつつ、不器用さへのアプローチについてさらに考えを進めて行きたいと思います。

宮口英樹
広島大学学術院大学院医歯薬保健学研究科
作業行動探索科学分野

 

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─■ 連載:通級指導教室でのLD児の指導
第2回 書字エラーの質に応じた支援
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前回は、字を覚え、書くのが苦手な子に対するアセスメントと指導事例について述べました。字を覚えて書く際には、「見てとらえる力」「視覚的記憶の力」「記憶から想起する力」のどれもが十分に発揮される必要があることがお分かりいただけたことと思います。
今回は2人の子どもの書字エラーについて考え、通級指導の中でどのような教材を使い指導しているか述べようと思います。

※4 は、2人の子どもの漢字書取りノートからひろい出したものです。Aくんの書いた「次」は、ヘンとツクリの形は正しいが、その位置関係がずれています。Bくんの書いた「新」は、漢字を形作る各部分の位置関係にゆがみは見られませんが、その形自体が異なっています。このように、漢字の形や空間位置を正しく把握する際には「どこにある?」と「なにがある?」かの両方が分かることが大切です。Aくんは「どこにある系」が苦手のようだし、Bくんは「何がある系」が苦手のようです。

※4 (画像はこちら>>

〇視覚情報処理と書字

視覚情報処理の研究は、他の脳機能に比べ詳細に解明されています。網膜で受容された視覚情報は信号変換を受け、視神経からいくつかの中継点を経て後頭部にある大脳皮質一次視覚野へ送られます。その後、視覚情報はさまざまな処理がなされ、代表的なのが、それが何であるかを認識する「What?経路(後頭部から側頭下部へ向かう)」と、物の位置や運動を認識する「Where?経路(後頭部から頭頂部へ向かう)」です。後頭葉と周辺に損傷を負った脳血管疾患の患者が示す困難さも、What?とWhere?に関わる多様な症状となって表れることがそれらを裏付けています。

書字のような高度な作業を正確に行うには、脳のさまざまな機能を総動員して行う必要があります。それゆえ、見る力を高めるだけでなく、見て・とらえ・表出する力を総合的に高める必要があるのです。

〇漢字の形がゆがんでしまうAくん

Aくんは、3年生の男子です。漢字の練習は大嫌いで、習った漢字を繰り返して何回も書いて練習するのが特に嫌いです。例えば、10回書いて練習する宿題では、最初の数個以外は漢字のヘンとツクリが斜めになったり上下方向にずれたりしてしまいます。字の形の歪みのため、連絡帳などの自分が書いた字でも時間がたつと自分でも読めなくなるほどです。半面、本に書かれている文字は流暢に読めます。

漢字練習に使うノートには、※4の「新」のような、枠とリーダーとよばれる補助十字点線が印刷されています。Aくんが「次」と書いたノートには、枠はありますが、補助線はありません。Aくんは、このマス内に漢字を書くときに「(マス内の)どこから書き始めたらいいかわからないよ」と訴えました。このような場合は、マス内にごく淡色のマーカーペン(商品名だと、ゼブラ マイルドライナー マイルドグレー)で初めの一画の位置を示したり、マス内に仕切られた4つの小部屋を4色に薄く彩色し位置を分かりやすくしたりすることで困難さを減らすことができます。

〇漢字の細かい部分を間違えるBくん

Bくんは2年生の男子です。国語の時間に「新」という漢字を習ったときのことです。Bくんは、黒板に書かれた「新」という漢字を見てノートに写し取っていました。先生は子どもたちの間を巡って赤ペンで丸つけをしていました。Bくんは、自分の書ける最高の文字で「新」を書きました。それが、※4右の「新」です。先生は間違いを指摘し書き直しを指示しました。Bくんは自分の書いた字は正しいと主張し、怒ってノートを破いてしまいました。

〇黒板の写し書きは意外と難しいタスク

Bくんは、黒板に書かれた文字を見て覚え、手もとのノートに再生するまでの間に、覚えたものの一部を忘れてしまったか、間違えて覚えてしまったようです。学校では、先生が授業の内容やまとめを黒板に書いて(板書)、子どもはそれを自分のノートに書き写すという作業が頻繁に行われます。黒板と子どもの距離は近い子でも2m、遠い子になると7mになる場合があります。遠くの黒板に書かれた文字を手もとのノートに書き写すためには、黒板の字形を一時的に記憶したまま、目の前のノートの書字と比較する記憶力(視空間的ワーキングメモリー)が必要です。黒板の字を書き写せない子の中には、この視空間的ワーキングメモリーが十分に育っていない子がいると考えられます。

〇見てとらえる力を高める教材

通級指導教室では、字を書くための基本的な力として「どこに?何がある?」という空間把握と識別の力を※5のような教材を使って練習しています。このワークシートは左側の手本を見て右側の空白部分にお手本通りの記号を書くものです。また、鉛筆を持って書く細やかな動作が苦手な子どもには、マス目上の手本を鉛筆で写して書くのではなく、手本と同じように色板を置いたり、シールを貼ったりすることから練習する場合もあります。
※5 (画像はこちら>>

シートを横長に置いて視写すれば、教室で教科書の文字をノートに視写する動作に近いですし、少し離れた壁面に手本を貼れば、目や首の動かし方が上下になり、黒板の字をノートに書き写す動作に似てきます。譜面台に楽譜を置くようなすぐ前の位置から始め、しだいに手本を遠くへ離していき、最終的には、一般的な黒板と子どもの距離まで離れて練習します。Bくんは、以上のような練習で、黒板の文字を書く際の困難さが減りました。

〇書き取り練習を楽しくする教材

整った字形で正確に書けるようになってきたAくんBくんですが、同じ漢字を繰り返し書くのは、やはり好きではありません。漢字を繰り返し書いたり読んだりすることは、漢字学習にはある程度必要なことではあります。しかし、字を覚え書くことが苦手な子どもに、繰り返し何回も書いて練習させるのは、書くことに対する苦手意識を強くするばかりでなく、書くこと自体への抵抗を増やしたり、意欲減退の要因になったりします。

楽しく漢字をくり返し書く練習をするために、「漢字ビンゴ」という学習ゲームがあります。個別指導では次のように取り組んでいます。

あらかじめ、学年に応じて9マス(3×3)から25マス(5×5)を印刷したA4程度の用紙を準備しておきます(※6)。このワークシートに、手本の中から子どもと指導者はそれぞれ任意に選んだ漢字を1回ずつ書きます。書き終えたら、相手と用紙を交換します。

※6 (画像はこちら>>

今度は、相手が書いたビンゴシートを手本に、相手の選択した漢字を新たなビンゴシートに書きます。書き上がったら、これを一字ずつのカード状に切ってビンゴのくじにします。手書きでくじを作ることで、25マスのビンゴ用紙なら合計50個の漢字を書くことになります。漢字を書く作業のあとのビンゴ大会を楽しみたいために、書くことの苦手さを一時的にでも忘れて取り組めます。

書字が苦手な子は、リストの漢字の中からできるだけ総画数の少ない漢字を選びたがります。しかし、相手(指導者)が画数の多い漢字を選べば、引きくじを作成する際に相手の書いた画数の多い漢字も書かなければなりません。これを抽選箱に入れ、引いた漢字を子どもが発表します。たとえば「新」なら「新聞のシン」というように漢字の用例や熟語で発表させると良い練習になります。早く縦横斜めの列に○印が並んだ人が「リーチ」「ビンゴ!」と宣言します。

留意する点は、「自分が書ける最高の字、展覧会レベルで書く」約束を守らせることです。字を書く活動は、高度な精神作業です。文字の丁寧さにこだわるのは、子どもの神経系へ豊かな刺激を与えるためです。

坂本條樹(さかもとじょうじゅ)
所沢市立泉小学校教諭

 

──■ あとがき
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