認知テストと発達障害(1):自閉スペクトラム症( ASD )

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2016.12.23

認知テストと発達障害(1):自閉スペクトラム症( ASD )

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■ 連載:認知テストと発達障害(1):自閉スペクトラム症(ASD)
■ レポート:ATACカンファレンス 2016 京都
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──■ 連載:認知テストって何?
(第6回)認知テストと発達障害(1):自閉スペクトラム症(ASD)
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こんにちは。学校心理士の青木瑛佳です。前回までは、主に認知テストで何が分かるのか、ということを解説させていただきました。今回から数回は、発達障害と認知テストの関連について書かせていただこうと思います。

今回は、最近よく知られるようになってきた発達障害である、自閉スペクトラム症と認知テストに関してです。「自閉スペクトラム症」というと、聞き覚えがないかもしれませんが、単に「自閉症」または「アスペルガー症候群」というと、どこかで聞いたことがある方が多いかと思います。「自閉スペクトラム症」はこれらの障害を一まとめにした診断概念です。

1.自閉スペクトラム症(Autistic Spectrum Disorder = ASD)とは?

まず、自閉スペクトラム症(ASD)が、どのような発達障害かということですが、アメリカ精神医学会から出ている最新版の診断マニュアル、DSM5によりますと、ASDとは、以下の2つの症状がごく幼いころから見られ、普段の家庭や学校、職場での生活に支障をきたしている状態です。
(1)社会の中での他者とのコミュニケーションの難しさ
(2)興味の幅の極端な狭さ、もしくは決まった行動パターンの繰り返し

(1)は、会話の中で相手の反応を見ずに話し続ける、周りの人がどうふるまっているかを確認せずに行動する、「空気」を読まない、視線やしぐさが常識的なものからかけ離れている、などの行動として見られます。その結果、友だちを作りにくかったり、先生や上司との関係が難しくなったりしがちです。

(2)は、アニメや映画などで聞いた同じセリフを何度も繰り返す、予定外のことが起こるとパニックを起こす(いつもの行動パターンでいられないため)、特定の遊び以外の遊びに興味を持たない(例:電車遊びしかしない)、同じ色の洋服だけを着続けようとする、などの様子として見られます。興味や行動パターンとは少し違うかもしれませんが、特定の音や、触感(毛布など)への極端な執着を見せる方やお子さんもいます。

ASDの診断を受ける方やお子さんは、これら(1)と(2)に当てはまる特徴は必ず持っているのですが、他の能力に関しては、様々です。例えば、言葉がほとんど出ない方もいれば、周囲とのコミュニケーションは不得意であっても、他の人が知らないような言葉まで知識としてよく知っている方もいます。学校での勉強がよく出来るお子さんもいれば、教科書や授業の内容を理解するのが難しいお子さんもいます。

2.自閉症スペクトラム(ASD)と認知テスト

先ほど、能力については「様々」と言ってしまいましたが、それでも認知テストの結果の中には、ASDの診断がつく、あるいはその傾向があるお子さんに共通する特徴は見られます。認知テストで診断を行っているわけではないので、必ずしも全ての方がその特徴を持つわけではないのですが、多くのASDの方が持っている特徴としてとらえていただければと思います。WISC-IVの課題を中心にお話します。

ASDの方やお子さんによく見られる特徴の一つが、「処理速度」の点数の相対的な低さです。これは一見、理由が分かりにくいのですが、ASDの方はとっさに周囲の状況を読み取り、新しい行動を素早く起こすことが難しいので、見たことがない新しい課題を素早くこなすというのはあまり得意でないところがあります。「処理速度」を測る課題では、素早さが要求されるため、点数が低めになる傾向があります。

2つ目は、「知覚推理」を要求される課題の相対的な点数の高さです。ASDの方は、言語面の不器用さに比較して、視覚的なパターンを読み取ることに長けている方も多いです。特に、言語発達がゆっくりなタイプの場合、「知覚推理」の点数が高くなることが多いです。一方、ことばの知識がしっかりあるタイプの場合、「言語理解」の点数も共に高くなる場合もあります(特に「類似」が高くなりやすいです)。

3つ目は、「言語理解」の下位項目である「理解」課題の点数の相対的な低さです。「理解」課題は、言語理解を測定する課題の一つですが、この課題では、同時に「社会的常識の理解」の度合いも調べています。社会的コミュニケーションの難しさと常識の理解の低さは関係していても不思議ではないので、ASDの方やお子さんでは、他の課題に比べて「理解」の得点が低めになりやすいです。

3.事例

ここで、私の行った検査から、実際の事例を一つ紹介してみたいと思います。J君は、11歳の男の子で、友だちとの関係や、整理整頓の苦手さを心配したお父さんと一緒に、クリニックに来院しました。両親や先生の話、学校での行動観察を踏まえると、ASD傾向があるのではないか、と感じられました。

J君への支援計画を考えるための検査の一つとして、WISC-IVを実施しました。表1は、その結果です。(※表1)

※表1 WISC-4の指標得点とそれぞれの下位項目の課題の得点が確認できます。
(画像はこちら>>

まず、全検査IQ(SS=109)は平均の範囲なのですが、指標得点間に大きな差が見られます。彼の場合、言語理解が非常に高い(SS=132)のですが、処理速度がそれに比べると大分低いことが分かります(SS=85)。知覚推理は平均的 (SS=108)でした。課題別に見ると、言語理解の中では、「類似」が高く、「理解」が低い、知覚推理の中では、「絵の概念」が高く、「積み木模様」「行列推理」が低いというパターンが見られました。

こうしてみると、ASDの典型的なプロフィールではないな、という感じはするのですが、検査中のJ君の行動の記録を読むと、ASDの傾向がはっきりします。例えば、「積み木模様」の課題ですが、こだわりを見せてしまい、自分の思った「完璧な形」になるまで作成を続けていました。その結果、時間切れになる課題も多く、点数があまり伸びませんでした。

J君は、他にも検査中にASDの傾向があると思われる行動を見せています。例えば、言語理解を測る課題では、自分の考えを一生懸命説明しようとして止まらなくなり、検査者が記録を取るために、何度も止める必要がありました(11歳ぐらいのお子さんでは、大抵空気を読んで話す速さを調整します)。また、検査の休み時間に、好きなテレビ番組の話を始め、しばらくの間、一方的に話し続けている様子も見られました。

このJ君の場合のように、過去の研究で示されている「典型的なプロフィール」が必ずしも当てはまらないことも多いです。しかし、検査中の行動まで踏まえると、検査の結果は、お子さんの困難さをより深く理解する手助けになると思われます。支援計画を立てる時は、検査の点数を見るだけでなく、検査時の様子を確認しつつ行うことが、より適切な計画の作成につながるでしょう。

次回は、認知テストと注意欠如・多動症(ADHD)の関連について書かせていただきます。お読みいただき有難うございました。

青木 瑛佳(学校心理学博士)

参考資料
DSM5の自閉症スペクトラムの診断基準
(詳細はこちら>>
自閉症スペクトラム児のWISC-IVプロフィール
上野・松田・小林・木下 (2015) 日本版WISC-IVによる発達障害のアセスメント-代表的な指標パターンの解釈と事例紹介:日本文化科学社
Raiford, S. E., Drozdick, L., & Zhang, O. (2015). Q-interactiveR Special Group Studies: The WISCR?V and Children with Autism Spectrum Disorder and Accompanying Language Impairment or Attention-Deficit/Hyperactivity Disorder
Oliveras-Rentas, R. E., Kenworthy, L., Roberson III, R. B., Martin, A., & Wallace, G. L. (2012). WISC-IV profile in high-functioning autism spectrum disorders: impaired processing speed is associated with increased autism communication symptoms and decreased adaptive communication abilities. Journal of autism and developmental disorders, 42(5), 655-664.

 

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──■ レポート:ATACカンファレンス 2016 京都
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12月9日(金)から11日(日)の3日間、国立京都国際会館で開催されたカンファレンスに参加しましたのでご報告します。

ATACカンファレンスは1996年にスタートし、それ以来、支援技術(AT:Assistive Technology)とコミュニケーション技術(AC:Augmentative Communication)をキーワードに、様々な技術を伝達することで障害のある人の生活を変えるためにカンファレンスを実施してきました。2015年からは、A:Augmentative(拡大)、T:Talent(能力)、A:Acceptable(受容)、C:Community(コミュニティ)をキーワードに新しい活動を開始しています。
※ATACカンファレンスの配布冊子から引用。

昨年同様、今年も3日間は以下のように、異なる趣旨での内容となりました。
第1日 Academic Day: 実践研究を通じて、日々の取組を考える
第2日 Gathering Day: 皆で集まりこれからの社会を議論し、整理する
第3日 Practical Day: 実用的知識や考えを身につける

最初の2日間は全員が一堂に会してのカンファレンス、第3日は午前と午後に複数並行して行われるセッションを選んでの教育セミナーです。
この他に、並行して、ATAC講師による相談会、企業・団体展示と書籍販売も行われました。

今年の3日間のプログラムの演題は下記の通りです。
※ATACカンファレンス2016 京都 プログラム (詳細はこちら>>

筆者の私見を述べれば、日本LD学会が全国の実践者がそれぞれの考えに基づいて発表するのに対し、ATACは中邑賢龍・東京大学先端科学技術研究センター教授がプロデューサーとして、自分の考えに基づいてプログラムを構成している点が大きく異なります。また、同センターの2人のスタッフが両輪としてそれを支えています。巌淵守准教授は、ハードウエアの製作を含む各種ツールの開発、近藤武夫准教授は、心理学的な知見からのアプローチと障害のある多数の人を実際に雇用している試みの経験と、それぞれ中邑先生のアイデアの実証に関する取り組みを行っており、それらの知見がATACに色濃く反映されているように思えます。

ATACカンファレンスで中邑先生のアイデアの発露の中心となるのが第2日のGathering Day です。それに加えて、今回のカンファレンスでは、第1日 Academic Day でも発表8として、中邑先生自身が「AI時代のデータ処理の考え方」と題して話題提供をし、さらにその後に、清水裕士・関西学院大学准教授を招待して「ベイズ統計の基礎と応用例」という特別レクチャーが設けられています。

これらの2つの内容については次回以降にご紹介することとして、今回は第1日の、その他の発表をご紹介させていただきます。それぞれの発表の題名と演者については、前述のプログラムをご参照ください。

〇発表1
巌淵先生の開発したOAK※1という観察ツールを用いた事例です。被写体を動画で撮影し、それぞれの差分を表示することで、微細な動きを明らかにします。一見して反応がないと思われる重度重複障害児が、親や支援者の様々な働きかけに対して特定の反応をしていることを見つけ出すことで、コミュニケーションの可能性を探っています。
※1 (詳細はこちら>>

〇発表2
重度重複障害児がお茶とジュースのどちらを好きかを知ろうとして行う、支援者の働きかけを観察し、どちらの飲み物が好きかというその支援者の判断と合わせて、それらの働きかけの適否を考える試みです。適否についての判断が、一定の経験をもつ専門家と、特別支援を学ぶ大学生で異なることについても考察します。

〇発表3
PECS(絵カード交換式コミュニケーション・システム)※2を使って、自閉症スペクトラムのある男性を10年間にわたって支援した様子を、記録映像を使って紹介していただきました。13歳に初めて、PECSを紹介し、後半ではタブレットのアプリも選択肢として使い分けながら、絵カードが生活のコミュニケーション手段として活用されている様子を知ることができました。
※2 PECSの販売会社 (詳細はこちら>>

〇発表4
自動車運転免許を取る際に必要な知識の習得と、状況に応じた判断力の獲得を発達障害者が実現するためのアプリの発表です。完成されたアプリではなく、一人ひとり、とらえ方が異なる発達障害者に合わせて、簡単に教材を作る(修正する)方法の可能性を探ります。

〇発表5
肢体不自由の特定の機能を補うツールを使うことで、一般の多くの人以上に市販ゲームに熟達している障害者が、講師となって小学生、中学生、大学生にそのゲームを教えることを通して、障害についての理解度を上げようという試みです。

〇発表6
低成績あるいは不登校の子供を長年行ってきた実践の発表です。親からのプレッシャー、経済的困難、虐待、障害のある子どものきょうだい児としての立場など様々な困難をもつ子ども一人ひとりに合わせた働きかけの工夫とその成果が紹介されます。教師と子どもの間の有用なコミュニケーション手段となるメールが、いくつかの学校で制限されている、社会ルールの見直しについても考えされられました。

〇発表7
MITで開発されたブロック型ビジュアル・プログラミング言語スクラッチ※3を使って、ロボットを制御するためのスイッチの自作の紹介です。
※3 (詳細はこちら>>
ロボットを動かす、という子どもにとって魅力的な試みを、言葉でなく、感覚的に理解できるプログラミング言語によって可能にできるという点で、可能性を感じられる取組だと思いました。

(五藤)

 

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──■ レポート:ATACカンファレンス 2016 京都
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本誌は年末年始のお休みをいただいて、次号は、通常より1週間先の1月13日(金)とさせていただきます。

少々早いですが、読者の皆様、よいお年をお迎えください。

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